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対話の終わりと新たな計画

アルフレッドは、わざとゆっくりと歩きながらオリヴァーに近づく。


「私は、ここにいる全員を救いたいと思っています。人間だからこそ、彼らの苦しみが耐えられないんです」


オリヴァーは眉をひそめた。


「感傷か?そんなもので此処に来るとは思えん」


それに対しアルフレッドは軽く肩をすくめる。


「感傷かもしれませんね。しかし、貴方が目指している事が重要なんです。貴方は、ネオ・ヒューマンたちの能力を人類の未来に繋げるたいのでしょう?それに協力できるのが私です」

「何?」

「私は人間でありながら『完全記憶能力』という特殊能力を持っています。この能力は、貴方の研究を正確に記録し、効率的に進めるために役立つでしょう」


オリヴァーの目が鋭く光る。


「それは、確かだな」


アルフレッドは静かに微笑んだ。


「簡単なことです。私をここに置いておくだけでいい。そうして、研究を共有させてください。貴方の研究を成功に導くための最善の方法を提案します」


オリヴァーはアルフレッドを見つめ、やがてポケットからスイッチを取り出す。


「もし、君が少しでも怪しい真似をしたのなら」

「もちろんです」


アルフレッドは微笑を崩さないまま、オリヴァーの目を見据えた。その冷静な態度に、一瞬オリヴァーの顔に迷いが浮かぶ。


「よかろう、君の提案を受け入れる」

「光栄です」


オリヴァーとの会話を終えたアルフレッドは、刑務官に連れられて実験室を後にした。冷え切った廊下を歩きながら、彼は深く息を吐く。


(少し危なかったが、これでオリヴァーの信頼を得た)


彼は頭の中で新たな計画を練り始める。この研究所の真実を暴き、ロレインたちを救うための道筋を――その翌日から、研究所内の空気は微妙に変わった。刑務官たちの暴力が減り、ネオ・ヒューマンたちはわずかながらも自由を感じることができるようになった。


だが、アルフレッドの胸中には、不穏な影が消えない。


(オリヴァーは簡単には信じられない男だ。一手間違えれば、全てが終わる)


彼はロレインやフリーヤたちと日々を過ごしながらも、常に警戒を怠らなかった。


(動きは慎重に。次は、ロバート――君がどこにいるのかを突き止めなければ)


アルフレッドは冷たい独房の壁を見つめながら、次なる行動を静かに計画するのだった。




三週間前


アルフレッドとは別に潜入を開始したロバートは、エボルチオ研究所の「獣人区画」に配属されていた。ネオ・ヒューマンと異なり、半人半獣の「亜人種・デミ・ヒューマン」が収容されたこの区画は、研究所内でも特に閉鎖的な場所とされている。


ロバートは持ち前の明るさと社交力を武器に、配属初日から刑務官たちと打ち解けていた。


「いやあ、ロバート。お前は飲み込みが早いな!」

「ありがとうございます!俺、人をまとめるのが得意なんです!」


自信満々の笑顔を見せるロバートに、先輩刑務官たちは好感を持ったようだった。


(やっぱり俺、才能あるかも。アルフレッドさんに負けないぞ!)


そんな彼に、ある日突然「解剖室の清掃」という新たな任務が与えられる。


「解剖室の清掃?それって普通、清掃員とか専門の人がやる仕事じゃないんですか?」


更衣室で着替えながら、ロバートは先輩刑務官に尋ねた。


「バカ、ここは『訳あり』施設だぞ。『世界変動』の後遺症やらで人手が足りねえんだよ」

「そ、そうなんですか……」


(アルフレッドさんはネオ・ヒューマン区画だし、獣人区画のことは俺が調べなきゃ。これはチャンスかもな。)


先輩刑務官について廊下を歩いていると、白衣やスクラブを着た研究者たちとすれ違う。中には、血が付着したカートに覆いをかけて何かを運んでいる者もいた。その中身に一瞬、視線が釘付けになるが、足を止める暇はない。


「ここだ。解剖室に着いたぞ」


先輩刑務官が重厚な扉を指さす。


「中はショッキングな光景が広がっているが、吐くなら端っこで頼むぞ」

「りょ、了解っす」


ロバートはゴーグルとマスク、ゴム手袋を装備して緊張を押し隠す。


電動ドアが静かに開き、「プシュー」と殺菌消毒の霧が放出される。防護用のビニールで覆われた内部に入ると、異臭が一気に鼻を突いた。血液、ホルマリン、内臓の腐敗臭が混じり合い、想像以上に強烈だ。


「んぐっ!?……」


思わず顔をしかめるロバート。その視線の先には、赤黒い血で染まった床、そして解剖台の上で無造作に並べられた臓器が広がっていた。


「これがショッキングな物ってレベルかよ……」


部屋の奥では、研究者たちが臓器を撮影したり、サンプルを保存容器に入れたりしている。その作業は淡々としており、まるで単なる事務作業のようだった。


「今日の担当は臓器メインだ。下に落ちてる手足とかは焼却炉行きな」


記録係らしき男が、クリップボードを持ちながら指示を飛ばす。


「了解です……」


ロバートは言われるまま、大きなビニール袋を受け取り、足元に散らばった部位を拾い始める。


「うっ!?うぷっ!」


ゴロリと転がった「それ」を目にした瞬間、ロバートの手が止まった。緑色の肌、尖った鼻、大きな耳。釣り上がった目は恐怖に見開かれたまま、表情は固まっている。それは、明らかに「知的生命体」としか言えないものだった。


「何だ?気になるか新人?」


記録係がこちらに気づいて声をかけてくる。


「そ、それって、この世界に住んでる人、なんですよね?」

「まあな。ただ、こいつらは知能が低い。ギリギリ『人』って呼べるかどうかのラインだ」


記録係は平然とそう言い放つ。


「でも、それでも……」

「お前、マウスに同情するタイプか?」


彼の言葉に、ロバートは言い返せなかった。


(ここでは、人であっても人でないとされる。彼らにとって、異世界人はただの実験素材なんだ。)


ロバートは震える手で肉片をビニール袋に詰め込み、焼却炉行きのトラックに積み込んでいく。その音は、金属がぶつかり合うような不快な響きだった。


「よし、今日の仕事は終わりだ!お疲れさん!」

「は、はい……」


焼却炉の前に立ち尽くすロバート。袋がどさりとゴミピットに投げ込まれ、やがて炎の中で灰になる様子を見て、彼は目を逸らすことができなかった。


「気を落とすなよ」


先輩刑務官が肩を叩く。


「あの生き物たちだって、この新しい世界で俺たちが生きていくために必要な犠牲なんだからさ」

「……そう、ですね」


ロバートの声は震え、心の中では答えが出ないまま、焼却炉の炎だけが瞳に映り続けた。


その夜、ベッドの上でロバートは一人考え込んでいた。


(本当にこれが正しいのか……でも、アルフレッドさんはきっとこの研究所の真実を暴くために動いてるはずだ。俺も諦めちゃいけない。)


彼は、エボルチオ研究所の闇をアルフレッドに報告するべきか悩んでいた。しかし、今はまだその時ではないと感じる。


「絶対に役に立ってみせる」


ロバートは拳を握りしめ、静かに目を閉じた。

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