サジタリウス未来商会と「真実を映す鏡」
田代雅也は昼休みの喫茶店で、冷めたコーヒーを見つめていた。
大手広告代理店に勤める30代後半の彼は、最近、自分の仕事がむなしく感じられていた。
「本当にこれでいいのか……」
毎日忙しく働いているものの、求められるのは派手なキャッチフレーズや映えるデザインばかり。
世間を騒がせるプロジェクトも手掛けてきたが、いつもその背後にある虚しさを感じていた。
「世の中に影響を与えているつもりでも、結局は誰かの財布を開かせるための手段に過ぎない……」
雅也はため息をつき、ふと窓の外に目を向けた。
視線の先に、見慣れない店が目に留まった。
それは、古びた建物の一角にひっそりと佇む屋台だった。
看板には、手書きでこう書かれている。
「サジタリウス未来商会」
「未来商会?」
興味を引かれた雅也は、コーヒーを飲み干して席を立った。
屋台に近づくと、そこには白髪交じりの髪と長い顎ひげを持つ初老の男が座っていた。
その男は雅也を見ると、軽く頷いて言った。
「いらっしゃいませ、田代雅也さん。ようこそサジタリウス未来商会へ」
雅也は驚いた。
「俺の名前を知っているのか?」
「もちろんです。そして、あなたが心に抱える悩みも分かっていますよ」
「俺の悩み?」
サジタリウスは、懐から銀色の小さな鏡を取り出した。
「これは『真実を映す鏡』です」
「真実を映す鏡?」
「ええ。この鏡に映るのは、あなた自身が関わった物事の本質――それが世の中に与えた影響や、隠された側面です。普段は気づけない真実を見ることができるでしょう」
雅也は眉をひそめた。
「そんなものを見せられて、どうしろって言うんだ?」
「それを見てどう感じるか、どう行動するかは、あなた自身が決めることです」
サジタリウスの言葉に少し迷いながらも、雅也は鏡を購入した。
自宅に戻った雅也は、机の上に鏡を置いてじっと見つめた。
「真実を映す鏡か……」
半信半疑で鏡を覗き込むと、表面がぼんやりと輝き始め、映像が浮かび上がった。
そこには、彼が手掛けた広告キャンペーンの裏側が映し出されていた。
一見華やかなキャンペーンの成功の裏で、過剰な消費を煽られた人々が映っている。
ローンを組んで高額商品を購入し、家計が苦しくなった家庭。
競争に追い詰められ、心を病む若者たち――
「こんな結果を生んでいたのか……?」
雅也は言葉を失った。
翌日、職場での会議中も雅也の頭には、鏡に映った光景がちらついていた。
「この企画で、どれだけ売り上げが伸ばせるかが勝負だ!」
上司の声が響くが、雅也の胸には重たい違和感が広がった。
その夜、再び鏡を覗き込んだ彼は、さらに衝撃を受けた。
次に映ったのは、自分が無意識に放った言葉が他人に与えた影響だった。
部下に軽く言った一言が、彼を深く傷つけていた場面。
「田代部長に『期待してないから』なんて言われたら、やる気なんて出ませんよ……」
雅也は愕然とした。
その日以来、雅也は鏡を見るのを恐れるようになった。
だが、同時に思った。
「この鏡が映しているのは真実だ。でも、俺には何かを変える力があるはずだ……」
雅也は少しずつ行動を変え始めた。
新しいプロジェクトでは、単なる売り上げだけではなく、社会にとって意義のある企画を提案した。
部下たちへの言葉にも注意を払い、彼らの意見を積極的に取り入れるよう心掛けた。
ある日、彼はふと気づいた。
最近は鏡を使わなくても、行動を振り返ることができるようになっている自分がいる。
鏡を机の引き出しにしまい込み、静かに呟いた。
「真実を知るのは怖い。でも、知らなければ変わらないこともあるんだな」
サジタリウスは、別の街角で新たな客を迎える準備をしながら、どこか満足げに微笑んでいた。
【完】