第94話 文化祭二日目 其の二
奏に「図書館なら校舎も違いますし、大丈夫です。」と自信満々に言われて、手を引かれるままに渡り廊下を歩いていると、姉さんの気配を感じた。
(…近くにいる…!?)
だが、辺りを見回しても、どこからも視線を感じない。
とりあえず旧校舎に入ると、だんだん姉さんの気配が強くなっていく。
「どうしたんですか?手が震えてます。」
「え?あ、あの…姉さんが近くにいる気がして…」
「まあ、近くにはいると思いますけどね。ほら、着きました。入りましょう。」
図書館は文化祭が行われているおかげか、ほとんど人がいなかったので、奏と誰にも見つからなさそうな位置を探しながら図書館を歩くと、いきなり奏は足を止めた。
「ここ?」
「ち、違います。あの、やはり誰かに見られてるかもしれません。」
「まあ、図書館だし、多少はね?」
「そ、そうですか…?」
そして、一番奥まで進み、地誌の本が沢山並んでいる本棚で身を隠した。
「ここなら、多分大丈夫です。」
「なら、聞いてもいい?奏が僕を好きになった理由を。」
その問いに奏は「はい。」と短く答えて話し始めた。
待つこと数分でターゲットの二人は図書館の前を通りすぎた。歩は周りを気にしていたが、秋山さんはそこまで気にしていなさそうだった。
二人が図書館に入ったのを確認して、忍さんとなつを連れて図書館に向かう。
図書館に入ったとき、秋山さんが足を止めていたので、しゃがんで受け付けのカウンターに身を隠す。
(危なかった…!バレてないよね…?)
カウンターからちょっとだけ頭を出して二人を見ると、二人は本棚の奥へと向かっていき、姿が見えなくなった。
しらみつぶしに確認すると、最悪鉢合わせする可能性があり、忍さんを頼ろうとすると、忍さんはすでに二人の位置を確認したらしく、忍さんとなつと一緒にその本棚の反対側で待機して耳を澄ますと、二人の会話が聞こえてくる。
「ここなら、多分大丈夫です。」
「なら、聞いてもいい?奏が僕を好きになった理由を。」
「…はい。」
ーーー6ヶ月前、1月下旬
試験を受けにこの学園に来たとき、優しい男子生徒に会いました。よく見ると、彼の黒い髪は少し跳ねていて、緑色の瞳をした暗い顔の生徒でした。
最初に会ったのは試験を受ける教室の前の廊下で、私が席を確認していたところ、彼が教室から出てきました。
「君、大丈夫?」
「え!?あ、はい。大丈夫です!えっと、試験!がんばり…」
「いや、体調の話…。」
「…え?」
彼は少し体調が悪いことを言い当てたので、なぜ分かったのかを聞くと、「見たら分かるよ。」と言い、ますます彼について気になってしまいました。
「ほんとに大丈夫なの?」
「は、はい。多分…?」
「なら、お昼までに辛くなったら、ここで座席表を見てて。そしたら、うん。なんとかするからさ。じゃあ、お互い頑張ろう。」
「は、はい。」
助けてくれようとしているのは分かったのですが、あまり他人に迷惑をかけないようにしたかったので、多少の気持ち悪さを我慢しようとしました。
ですが、お昼にはかなり辛くなってしまい、彼に言われたように席を見ました。
(彼の名前…席からすると…)
「大丈夫じゃなさそうだね。ちょっと移動しよう。動ける?」
「あ、はい!」
気づいたら彼は廊下までやってきていて、そのまま手を引いて、階段まで私を連れていき、私にいろいろと恵んでくれました。
暖かいお茶のペットボトルにカイロ、そして中に着ていたベストまで貸してくれました。
「そ、そんなにしていただけなくても…!」
「駄目だよ。君のそれはすぐに直らないから。ちゃんと暖かくして。保健室に行くと、最悪途中で切られる可能性もある。これは応急手当みたいなものだから。」
彼の説得力は凄まじく、彼から一式を借りて、午後の試験を受けました。
彼のおかげか午後からの試験の理科と社会はすんなりと頭に入ってきて、かなり自信がありました。
ですが、テストが終わってから、再び急激に体調が悪くなっていく感じがしました。
そこからの記憶は少し曖昧なのですが、彼が私の荷物まで持って私を保健室まで連れていってくれました。
私の手を引く彼の手は冷たくなっていて、少し責任を感じたのは覚えていますが、その後どうなったのかよく覚えておらず、いつの間にか彼はいなくなっていて、お父さんが迎えに来てくれたときには、体調は良くなっていたのは覚えています。
カイロや冷たくなっていたはずのお茶は彼が回収したようですが、彼のベストは返せないまま、家に帰ってしまいました。
ーーー3ヶ月前、彼の名前を知った日
緑色の瞳と少し高いくらいの身長の彼を探していると、やはり、彼はすでに今日の真ん中あたりで、ポツンと座っていました。
座席表の名前を見て、彼は春川歩という名前だと知りました。
彼に近づいて話しかけようとしたとき、ある変化を感じました。
彼の顔は前よりはるかに暗く、なぜそこまで落ち込んでいたのかが、私には分かりませんでした。
「あ、あの…春川さん。」
「…?あ、僕?」
まるで別人になったかのように作り笑顔を見せる彼に寂しさを感じました。
彼に借りていたベストのことを話すと、「貸した覚えがない」と言われ、受け取ってもらえませんでした。
どうにかして彼を試験があった3ヶ月前の彼にしたいと思った私は、そこからいろいろなことをしてきました。
ときには、彼から助けられることもありました。その度に彼は優しい人だと思わさせるのでした。
しかし、彼にあの頃の顔は戻ることなく、ただひたすらに暗くなっていくだけでした。
そして、私は『彼には何かが足りない』という結論にたどり着きました。その何かを探るために彼の一番近くにいる星野さんと星野さんの彼女の白瀬さんを頼りました。
そこで分かったことは、彼には『拠り所』がないことに気がつきました。
風が吹けば簡単に折れてしまう、芯のない身体のように。
だから、私が彼の芯になれるように、彼の隣に立つことを生きる目標にして毎日を過ごすようになりました。
ーーー三週間前、芯になれた日
彼が少し顔色が良くなった頃、彼からどうしてあんなにも暗い顔をしていたのかを聞きました。
…彼は、受験が終わってから、両親の言葉が刺さってしまい、そのまま一人暮しを始めて、不安定な芯でこの数年間を生きてきた。
私にはそれがどれほど恐ろしい事かが分かってしまいました。
彼が受けた痛みを想像するだけで、泣いてしまっていた。彼に抱き締められるまで気づかないほどのショックを受けて泣いていた。
…ただ、知らなかった。でも、今は違う。
彼の本当の芯にはなれなくとも。
そう思っていた。でも、現実はいつも想像を越えるものだったらしく、私は、彼の本当の芯になれたらしい。
そう、彼から言われる形で。
「奏、僕と付き合ってください。」
「はい。よろこんで。」
そのとき、私は泣いていたのか、笑っていたのか、あるいは、それ以外か、全く分かりませんでしたが、嬉しいと思っていたのは確かなので、きっと笑っていたのでしょう。




