第70話 準備万端
6限目と7限目の間にも、夏樹と真冬がやってきて、様子を見に来ていた。
そして終礼が終わったらしく、二人はまた保健室にやってきていた。
「1日で三回も保健室きたことなかったな~。」
「まあ、普通多くて一回くらいだしね…。」
「確かに。」
1日三回も保健室に行くことはないだろう。それも、1日三回も怪我するのは嫌だ。ログインボーナスかなにかなんだろうか。
「そういえば、春川と秋山さんは、今日残ってく?」
「なにかあるんですか?」
「文化祭の準備だよ。ほら、私たち、全然準備進んでないでしょ?」
「そうですね。でも…」
「歩が気になるんでしょ。いいよ。今日は私たちで四人分働くから。」
「任せろ!」
なんて頼りになる人たちなんだ。夏樹と真冬に感謝して、今日は帰ることにした。
帰る間、奏は腕に引っ付こうかどうか悩んでいた。「優しくならいいよ。」と言うと、奏は優しめに引っ付いてきた。
家に帰ると、姉さんが僕の腕を見て、「打撲と、やけどかな…?」と呟いていて、少し恐怖を覚えた。
「よく分かったね。そんなに見る機会あった?」
「いや?教科書の怪我の写真くらいしか見たことないけど。」
一応教科書は一通り目を通しているが、写真までは正確に覚えていない。
「覚えるまで見たんですか?」
「え?一回見れば覚えれるけど…」
「え?」
…まあ、そういう人なので、薄々そんな気はしていた。奏は姉さんの記憶力に少し困惑していた。
「そういえば、雫さんと零さんは?」
「あ~。二人なら観光するって言って、昼くらいから出ていったよ?」
「え?観光ですか?」
奏は観光という言葉に疑問を持ったらしく、首をかしげている。
「観光くらいするんじゃないか?」
「いえ、この辺は何度も来てますし、お父さんが同行するのは珍しいです。」
なぜいきなり旅行をしたのか三人で考えていると、玄関から呼び鈴が鳴り、姉さんが対応しに行く。
玄関から「ただいま。」と声が聞こえ、少しして、雫さんと零さん、姉さんが揃ってリビングに入ってきた。
零さんは僕を見て、少し深刻な顔をして、「歩くん。その怪我、どうしたんだい?」と聞いてくる。
奏が手当してくれたことまで伝えると、零さんは奏の頭を撫でていた。奏は「子ども扱いしないでください」と呟いていたが、零さんは奏の頬が膨らむまで撫でることをやめなかった。
その後、奏は「ご飯作ってきます。」と言って、立ち上がったので、僕も立ち上がると、「歩くんは今日は安静にしててください。」と言われ、「でも…」と食い下がったが、「何でも聞くんですよね?」と言われてしまい、おとなしく座り直した。
奏がリビングから出ていってすぐに零さんに頼みごとをする。
「零さん、奏を手伝ってくれませんか?」
「うん。分かった。僕も手伝ってくるから、忍ちゃん、歩くんを頼んだよ。」
「任せてください。」
姉さんが了承すると、零さんは少し笑顔を見せて、奏を手伝いに行った。
姉さんと雫さんは熱心に怪我の治し方を調べて、いろいろと対処してくれた。
姉さんと雫さんから、いろいろな対処をされていたら、いつの間にか奏と零さんは料理を作り終えていたらしく、奏が鍋敷きを用意し、零さんが鍋をそこに鍋を置く。
姉さんと雫さんはいろんな薬品を触っていたので、先に手を洗いに行って、一足遅れた僕は奏に付き添われながら手を洗いに行く。
取っ手を回そうとしたのだが、腕に力が入らず、うまく回せなかった。それを見ていた奏は、代わりに取っ手を回してくれた。
「まだ、痛いですか?」
「いや、大丈夫だよ。」
「嘘です。痛くなかったら、取っ手が回せないなんてことないはずです。」
奏を安心させようと、嘘をついたのだが、奏にはすぐにばれてしまった。
「嘘つきの歩くんは、今日は絶対私から離れないでください。」
「…分かったよ。今日は奏の言う通りにするよ。」
奏はその言葉を聞いて、ようやく安心したようで、右腕には当たらないようにもたれてきた。
「奏、ようやく落ち着いた?」
「え?あ、まあ…」
「奏が焦ってるように見えてさ、ちょっと不安だったんだ。」
奏は取っ手を回して水を止めながら、「え?なんでですか?」と聞いてくる。
「焦ってると、周りが見えなくなるからさ、それで奏も怪我したら嫌だなって。」
「確かにそうですね。私、周りが見えていませんでした。」
「奏は女の子なんだから、怪我とかすると大変なんだからさ、注意しないと。」
「歩くんだって、注意していてくださいね。」
奏は僕をいじれるくらいまで落ち着いて、なんだか僕も安心できた。
食卓に戻ると、椅子が増えており、5人座れるようになっていた。一つだけ色も形も違うので、少し浮いているように見える。
その椅子を見て、奏は少し驚いていた。
「それ、家から持ってきたんですか!?」
「みんなで食卓を囲んだほうが楽しいでしょ?」
「そ、そうですけど…」
「奏だって、歩くんの隣の方が嬉しいだろう?」
零さんの指摘で奏は顔を赤くして、零さんから顔を逸らしたのだが、逸らした先で僕と目が合い固まってしまう。
「奏?」
「あ、え、ええと…その…」
「あらあら。」
雫さんは微笑ましそうに手を合わせて、奏の表情を楽しんでいるようだった。
食卓に並んだお皿を見て、奏は少し思うところがあるらしい。お茶碗とお椀、小さい取り皿が数枚にお鍋が乗った食卓。僕と姉さんからすれば、いつも通りの光景だ。
「やっぱり、お鍋が中心にあると、スペースがないですね。」
「そう?私たちはいつも通りな気がするけどね。」
姉さんはこちらを見て肯定を求めるので、頷いておいた。
零さんは「確かにね…」と奏に肯定していたが、雫さんは、「奏はお買い物に行きたいのね。」と裏の意味まで理解していた。
「奏と歩くんは一緒におでかけに行ってないから、息抜きは必要でしょ?」
「そうだね。今週末にでも、みんなでおでかけしようか。」
奏は雫さんと零さんに感謝していた。僕も奏に倣って「ありがとうございます。」と言うと、
「敬語じゃなくてもいいわよ。私たち、家族みたいなものでしょ?」
「君たちが奏と一緒にいてくれると、僕としても嬉しいな。」
きっと近い未来に両親になりえる二人に向かって、『実に二年ほど、一度も使わなかった言葉』を送る。
「ありがとう。お母さん、お父さん。」




