第68話 調理実習2
その後、特に揉め事もなく、各ペアで協力しあいながら、調理実習は四限目に突入していた。
「歩くん、ムニエルできました。」
「お、いい感じにできてる。さすが奏。」
「ふふっ。きっとおいしく出来上がってます。」
「こっちももうすぐ終わるから、先生に見せる用意だけ始めておいてほしいな。」
「はい。盛り付けは任せてください。」
僕が作ったのは、ほうれん草のおひたしと、野菜多めのお味噌汁だ。お味噌汁が味噌を入れすぎた気がして水を足したので、量が少し多くなってしまったのだが。
「歩くん。お味噌汁四人分くらいありますよ?」
「え?そんなに?」
「はい。星野さんたちに分けてきましょうか?」
「そうだね。今は調理中だし、後にしようか。」
「はい。では、尾畑先生に見せに行きましょうか。」
奏が盛り付けた料理を持って先生に見せに行くと、「ようやくか~!」と体を伸ばしていた。
「尾畑先生、お願いします。」
「はい。それでは、失礼して…」
尾畑先生は箸で鮭のムニエルの身をほぐして小さいお皿に盛り、他の料理も少しずつ取り分けた。
先生は取り分けた箸とは違う箸に持ち変えて、鮭のムニエルを口に運んだ。
「…ん!?」
「「え?」」
先生の反応が予想と違い、不安の声をあげてしまった。
奏が先生に「えっと、評価は…?」おそるおそる聞く。
「…うんまい…!、…というか、予想以上でびっくりしました。もうちょっとだけ確保してもいい?」
「それは構いませんけど…」
「ありがとう秋山さん、春川さん。もしかしたらこの後、訳の分からないものを食べる気がしていたから、とてもありがたいわ。」
「え?えっと、が、頑張ってください?」
他のペアがどんな味のムニエルを作るのか想像できるらしく、先生というのは大変だと思った。
「そうだわ。他のも評価しないと!」
「あ、お願いします。」
先生は取り分けたおひたしを口に運び、「こっちも美味しい…!」と感動していた。
先生はお味噌汁が入っていたお椀を持って、「これで終わり…」と呟いていたので、残っていることを伝えると、「ほんと!?それもいただいてもいい?」と言われ、奏を見ると、奏は頷いて了承していたので、残りの二人分ほどは先生が食べることになった。
奏と調理実習用のテーブルに戻ってきて、自分たち用に料理を取り分ける。取り分けていると、奏は何か考えていた。
「…うーん。」
「どうしたの?」
「あ、えっと、家にも取り分けるお皿があればいいなと思って。」
今までは鍋やフライパンを食卓まで持っていってから分けていたので、取り分けるお皿が必要だとはあまり感じなかった。
でも、言われてみれば、食卓に鍋やフライパンを置くよりも、取り分けたお皿を並べる方がいい気がしてきた。ただし、洗い物は増えるが。
「じゃあ、今週末にでも買いに行く?雫さんたちと一緒におでかけするついでにでもさ。」
「いいですね。そうしましょう。」
奏は手を合わせて笑顔を見せる。いつも通り奏の左隣に座り、手を合わせる。
「「いただきます。」」
まずはムニエルに箸を伸ばし、箸で小さく分けた身を食べる。
「ん!うま!」
「それは良かったです。それでは、私はお味噌汁から…」
奏はお椀を持ってお味噌汁をすすり、また笑顔を見せる。
「美味しいです。」
「ほんと?奏の作ったムニエルに比べたらまだまだだと思うけど。」
「そんなことないですよ。ちゃんと美味しいです。」
雑談を交えながら食べていると、いつの間にか食べ終わってしまっていた。
また奏と一緒に手を合わせて、「「ごちそうさまでした。」」と言い、僕と奏の第一回調理実習は終了した。
食べた後片付けをしているときに、ちょうど他のペアが調理し終えていた。
そして隣の遠山幸夫くんと土本勇樹ペアは料理が終わり、少々ふざけていた。
「俺たちでも料理くらいできるぜ!」
「まあ、今回のは簡単だったしな。できて当然だろ。」
調理後のフライパンを持って話しているので、周りのことはほとんど見えていなさそうで、少し危険に感じた。
「奏…」
奏に話しかけ、奏と場所を交代しようとしたのだが、その時フライパンを持っていた遠山君がバランスを崩し、今にも倒れそうな体勢でこちらに近づいてくる。持ち上げられたフライパンは奏に直撃する軌跡を描いているように見て、慌てて奏をかばう。
「わ、わわっ!?」
「奏!危ない!」
「え?」
とっさに奏の守るように腕を伸ばして、フライパンが奏に直撃するのは防げたのだが、半袖の制服では腕は守れず、フライパンの衝撃と少し焼けた感覚が襲う。
「いっ…!」
「え?歩くん!?」
フライパンは遠山君の腕から離れ、重力にしたがって家庭科室の床に落ちる。また、いきなり抱き締めるように奏をかばったので、奏が洗っていたお皿、奏の手から離れ、シンクに落ちた。
幸い、お皿は割れはしなかったが、かなりの音が家庭科室内に響き、ほぼ全ての視線が集まる。
「え?おい、春川、大丈夫か!?」
「と、とりあえず先生呼んできて!」
夏樹と真冬が慌てて駆け寄ってきて、状況を確認してくれていた。奏は僕の腕の跡を見て、すぐさま蛇口をひねり、僕の腕を冷やしてくれた。
「歩くん、さっきまで着けていた三角巾出せますか?」
「右のポケットに入ってるからそこから出していいよ。」
「はい。少し失礼します。」
「…いっ…!」
「もう少し我慢してください。もうちょっとで終わりますから…!」
奏は僕の腕に少し濡らした奏の三角巾を巻いて、その上から僕の三角巾をかぶせて、応急手当をしてくれた。
「春川くん!大丈夫!?」
そこに尾畑先生がやってきて、何が起きたのかを夏樹と真冬が説明してくれ、その後僕と奏にどういう経緯があったのかを聞いてきた。
その説明で大体何が起きたのかを理解した尾畑先生は、奏に応急手当をしてくれたことを感謝していた。
「とりあえず、今日は春川くんと秋山さんは、午後は公欠にしておくから、保健室にいってきて。」
「え?そんなことできるんですか?」
「私、三年生の学年主任だし、教頭だし、君たちの成績も一通り見てるから、信頼もあるけどね?まあ、できないことはほとんどないわ。」
尾畑先生は思った以上に優秀な先生だったようで、いろいろ融通がきくらしい。これまでの家庭科の先生というレッテルは更新しなければいけなさそうだ。




