第60話 お願い実行その四
浴槽に浸かり、対面でくつろぐ奏を見ていると、ふと、気になったことがあった。
「あの、奏って、昨日髪は長いか短いか聞いたじゃん?なんでいきなり聞いてきたの?」
「え、それは、ですね…。」
言葉をつまらせていたので、もしかしたら言いたくない理由があるかもしれないと思い、「あ、言いたくないなら、言わなくていいよ?」と補足する。
「そ、そんなんじゃないんです。えっと、忍さんって髪長いじゃないですか。」
「うん。腰辺りまであるのかな?結構長いよね。」
「はい。それで、前お出かけしたときに、忍さんに聞いたら、『弟くんは、髪は長いほうが好きだからね!』って言っていたので。」
「ああ、姉さんのしわざだったか。」
「そんなことないです。参考になるものは取り入れたいですし。」
なんとも奏らしい理由で、すごく納得した。いつもより確実に長くお風呂に入っているので、さすがにそろそろ出ようかと思っていると、奏に声をかけられる。
「あの、私からも、いいですか?」
「ん?どうしたの?」
「えっと、歩さんは、ここが大きいほうがいいですか?」
そう言って防御壁の上から手で押さえる。こういうとき、どう答えるのが正解なのか分からない。正直、あまり興味を持ったことがないので、なんでもいい気がする。
考えてもなかなか結論が出ず何か言おうとしたのだが、うまく口が動かず、視界もぼんやりとしてくる。奏が焦っていたように見えたが、そこで完全に意識が途絶えた。
次に気がついたのは、ソファーの上で隣には奏が寄り添っていた。奏は僕が少し動いたのに反応して、僕を見る。
「大丈夫ですか?」
「あ~。うん。あれ、どうなったの?」
お風呂から出ようとして、その後少し奏と話したところまでは覚えているが、そこからの記憶がない。
「歩さん、お風呂の中でいきなり気絶したみたいで、忍さんが様子を見にきてくれなかったら危なかったです。多分湯あたりしたんだと思います。」
「そっか。ごめんね。心配させて。」
「いえそんな、私が引き留めたのも悪いですし…。」
「あ、弟くん起きた?ほら、お水。ちょっとずつ飲むようにね?」
「ありがとう姉さん。」
姉さんからコップを受け取り、少し水を飲む。
「弟くん、今日は安静にしておくこと。分かった?」
「さすがに分かってるよ。っていうか姉さんよくタイミングよく来たね。」
「いやぁ、弟くんが全然出てこないからもしかしたらと思って行ったら、ちょうど倒れましたって感じだったよ。」
「本当に忍さんには頭が上がらないです。」
「も~。奏ちゃんはそんなに落ち込まないで。これはもう慣れだからさ。」
「慣れ、ですか?」
「うん。昔はよく弟くん湯あたりしちゃってね。ちょっと気を抜くとすぐ倒れちゃってたからね。結構心配だったんだよ。」
「そうなんですか。これからは気を付けます。」
二人の会話を水を飲みながら聞いていると、なんだか親子の会話にしか聞こえなかったので、少しほっこりした。
そういえば、もともと奏を甘やかすのではなかったのかと思い、奏の肩をつつく。
「なんですか?」
「えっと、甘やかすのでは?」
「…あ。忘れてました。」
忘れてたのか。てっきり、それ以上のものを求められるのかと思っていた。
「奏ちゃん、甘やかしてもらえるの~?いいな~。」
「姉さんは限度なく襲ってくるからやだ。」
「え、ひどい。私のやりたいようにしてるだけなのに。」
「それが僕の限度を超えてるから駄目なの。」
「う~ん。なら、奏ちゃんに甘やかしてもらうもん!」
「奏、やりすぎると後々面倒だから、ほどほどにな。」
「はい。分かりました。」
その後、奏に膝枕をしてあげたのだが、陸上部で走ってばかりだったからか、固かったらしい。奏にとっては、腕枕のほうがいいらしい。
「あんまり、よくなかったです。」
「なんかごめん。」
奏は何かを思い出したようで、少し嬉しそうに姉さんに話しかける。
「忍さん。私、さっきのを含めてあと二つお願いできるんですよ。何お願いしたらいいですかね?」
まさか、姉さんに判断させるとは思わず、何をお願いされるか心配になる。しかし、姉さんも聞かれても困るらしく、「え~、私に聞かれてもねぇ~。」と言っている。
「忍さんがしてほしいことでもいいんです。」
「ん~。そうだね~。あっ!そうだ。呼び方変えるとかどう?」
「と、言いますと?」
「ほら、奏ちゃんは奏って呼ばれてるでしょ?」
「そうですね。」
「だから、『かなちゃん』みたいに呼んでもらうとかどう?」
奏はこちらを見て、どうしようか考えているようだ。試しに呼んでみよう。
「あ、えっと、かな、ちゃん?」
「…やっぱり止めましょう。なんか子供っぽいです。あだ名より名前で呼ばれたほうが嬉しいです。」
そう言って奏は僕の肩にもたれ、「あと一つですか…」としみじみと呟く。そこで、奏のスマホに電話が来た。奏はスマホを出して驚いた表情になる。
「どうしたの?」
「あ、えっと、お母さんです。」




