第56話 帰還
「はい。もちろんです。」
奏が立ち上がり、僕に左手を差し出す。何故かその時は右手を僕は出していた。普通、手をとりやすい左手を差し出すのだが。
そのまま奏は僕の右手を掴んで僕を引っ張りあげる。
「歩さん、やっぱり軽いです。もっと食べたほうがいいんじゃないんですか?」
「ははっ。そうするよ。」
正面を向くと、北村君と目が合う。そして少し視線をずらすと廊下にいる服部さんとも目が合う。視線を北村君に戻し、奏と一緒に近づく。
「な、なんだよ。春川。」
「北村君、君には、いや、僕以外の誰にも、奏は渡さない。」
「うっ…。」
北村君は廊下に逃げようとしたのだが、服部さんが居たため、扉の前で足を止めた。
「駄目。ちゃんと話し合って。三人で。」
「…。」
「話してください。歩さんに何を言ったんですか。」
「秋山さんは、どういう人が好きなんだ?」
この期に及んでそんなことを聞くのか。そう思ったが、これは僕が口を出す場面じゃない。
「私は、強くて、カッコいい人がいいです。」
その言葉を聞いて、北村君は少し口角を上げたように見えた。
「ほら、秋山さんは強くてカッコいい人が好きなんだってよ。…なのに、なんでこいつが、こいつなんかが、秋山さんの彼氏なんだよ!おかしいだろ!こんな弱くて、すぐ泣いて、パッとしない奴が!」
確かに、僕は弱いし、すぐ泣くし、パッとしない。それでも、奏は僕を選んでくれた。奏は内面を見ているのだ。だから、北村君は対象にはならない。
「俺は、こいつより強くて、泣かないし、顔も良いだろ!なら、なんで…」
「私、外見だけの人には興味がないんです。北村さん。あなたは今、どういうふうに歩さんを捉えましたか?歩さんの内面を知ってるんですか?」
「…っ!」
「歩さんは本当に強い人です。私だったら絶対に折れてしまっていたと思います。」
「それでも、こいつは、パッとしないし…!」
「いえ、歩さんは決めるものは決める人です。パッとしないなんてことありません。ちゃんと考えてから、私を選んでくれました。」
その言葉が終わる頃には、北村君は座り込んでいた。廊下にまた二人で歩み出したとき、その小さくなった発信源はまた声を紡いだ。
「…なあ、最後に聞かせてくれ。秋山さんは俺のこと好きなのか…?」
「それは、好きか嫌いか、ですか?」
そう聞かれ、北村君は静かに頷いた。それを見て、奏は一言だけ言い残す。
「…嫌いです。特にあなたみたいな人は。」
廊下の扉の前でずっと待っていた服部さんは、僕たちが教室から出ようとすると、「後は任せて。」と言い、僕たちとすれ違い、空き教室に入る。
教室に戻ると、他の生徒は皆帰ってしまっていて、鞄だけが残っていた。僕と奏はそれぞれ鞄を持ち、帰路についた。
帰り道、奏に「ごめんね。遅くなっちゃった。」と謝ると、「これで三回目ですよ。」と言われ、
(遅くなるなんて三回も言った?)
と疑問を持っていると、「…謝った回数です。」と補足が飛んでくる。学校の間はそのルールは適用されないと思っていたので、わざわざ数えるなんてことはしなかった。いざ言われると、そんなに言っていたのか疑問になる。まあ、奏がそうだと言うのなら、そうなのだろう。
マンションのエントランスに入ったとき、奏が僕の制服の裾を引っ張る。
「どうしたの?」
「あの、お願いのことなんですけど…。」
「ん?甘やかすってやつ?」
「えっと、変えてもいいですか?」
まあ、まだ実行前なのでいいんじゃないかと思い頷く。奏はそれを見て、小悪魔的な笑みを見せる。
(もしかして、やらかした!?)
エレベーターに乗り込み、扉が閉まると、奏は口を開く。
「歩さんがその日に謝った回数お願いできるというのは駄目ですか?」
「…。」
「駄目、ですか?」
「奏、その顔ずるい。」
奏も、それは分かっているようで、笑顔を見せてから、また上目遣いになる。
エレベーターは僕の部屋の三階まで上昇し始める。
ずっとこの調子で行くのも後々耐えられなさそうなので、「分かった。それじゃあ今日は三つね。」というと、奏は僕の右腕に引っ付き、耳元で「大好きです。」と小さく呟き、すぐに離れて僕と同じ方向を見る。手はずっと繋いだままで。
エレベーターは三階に着き、扉が開く。奏は僕の手を引いて部屋の前まで進み、以前渡した鍵で扉を開ける。
(ここまでくると、もう家族みたいなものじゃないのか?)
そう思ったが、今言うと、謝ることになり、お願いの回数が増えそうなので、口を閉じておく。
「二人ともおかえり~。」
キッチンから姉さんの声が聞こえ、料理をしているのだとすぐに分かった。一度キッチンに寄って、「ただいま。姉さん。」と言うと、「おかえり。」と改めて言われる。手元を見ると大体料理ができていたので、先に手を洗いに行く。
手を洗い終え、さらに着替えも終えて、リビングに戻ると、「あっ。」と自然と声が出る。料理を運んでいる姉さんと、着替え中の奏がこちらに注目し、姉さんは奏の方を見て事態を察したようだ。
「ごめん!見てない!見てないから!」
後ろに振り返り、両肘を直角にして手を上げる。他のことを考えてさっきの光景を忘れようとする。玄関までの通路が正面に伸び、そのまま玄関の扉が見える。
(もう二ヶ月もここで暮らしてるんだな。奏とはもう少しで二週間か。って、奏のこと考えてるし…)
後ろからすたすたと足音が近づいてきて、後ろから抱き締められる。柔らかい感覚が背中に当たり、変な声が出てしまう。
「…っ!?」
「…歩さんのえっち。」
「…ごめん。」
「ふふっ。お願い追加ですね。」
「胸を押し当てながら言われても…」
「…うるさいです。」
奏はその後すぐに僕を解放して僕に話しかける。
「服着ますから、ちょっと待っててくださいよ?」
「分かっ…。え?」
「どうかしましたか?」
「か、奏?もしかして今、ふ、服、着てない…?」
「…その事考えるの禁止です。お願い使います。」
足音が遠くなり、布が擦れる音が聞こえ、その後すぐに「もう…いいですよ?」と言われてようやく自由に動けるようになった。
クッションを持ってきて、席に着くと、奏はいつも通りに隣に座る。姉さんは今日は奏の正面に座って姉さんが初めて作ったカレーライスを食べ始めた。
ようやくテスト終わりました。これからは二日に一つくらい投稿するのを目標にしたいです。




