第55話 side A /side K
<side A>
今日の文化祭の出し物についての会議が終わった頃には、他の人はほとんど帰っていたので、校内はかなり静かだった。
僕らの一つ隣の空き教室で、僕は今、北村優一と二人でいる。奏はもう一人のどちらにも投票しなかった服部さんに聞きに行っている。
「なんだよ。わざわざ隣の教室にまで連れてきて。」
北村君に睨まれ、少し緊張が走る。
「えっと、投票のときにどっちにも投票しなかったから、何が良かったのか聞きたかったんだ。」
「律儀だな。まあ、俺はどっちでも良かったから、どっちにも投票しなかったんだよ。」
「なら、投票は多かった後者側でいい?」
「ああ。それで構わない。じゃ、俺はそろそろ帰っていいか?」
「うん。わざわざありがとう。」
そう言うと、北村君は教室に戻ろうとした歩みを止め、僕に振り返る。
「あのさ、お前には悪いんだけどさ。」
「…?」
「お前、『秋山さんにふさわしくない』よ。」
「…え?」
一瞬北村君が言っていることが理解できなかった。
「大体さ、お前みたいなパッとしない奴が秋山さんの隣に立てる訳ないだろ。あの人には、俺みたいなのが、一番良いんだよ。」
「あ、え…、…。」
確かに、僕はパッとしないし、顔が良いとかそういうのではない。せいぜい同年代と比べて少し勉強できるというだけだ。
「まあ、安心しろ。秋山さんは俺が幸せにしてやるから。」
「あっ、…っ。」
北村君は脱力した僕を押し、僕はそれだけで尻餅をつく。
奏をこんな自分のことしか考えられないような北村君には渡したくない。その思いはあるのだが、言葉が口から出ない。立ち上がることもできないまま、北村君との距離が広がっていき、北村君が教室の扉に手をかけようとしたとき、ものすごい勢いで扉が開く。
「歩さん!」
「秋山さん!?なんでここに…」
「どいてください!」
「うぉっ!?」
奏は扉の前にいた北村君を押しのけて僕に駆け寄ってくるようだ。奏は僕の前でしゃがみ、問いかけてくる。
「歩さん、何が、あったんですか!?」
「あ、いや、…何も…。」
「嘘です。そうでなかったら、なんで泣いてるんですか。」
そう指摘され、目元を拭うと、指は涙で見て濡れた。奏はハンカチを取り出して、僕の指と目元を拭いてくれた。
「何があったんですか?」
奏は一度深呼吸して、もう一度僕に問いかけてくる。
「…ごめん。カッコ悪くて。」
違う。そんなことを言いたいんじゃない。
「何言ってるんですか。歩さんはカッコいいです。」
奏は何があったか分かったのか、僕が言いたいこと言うまで待ってくれるらしい。
「…っ。奏は、僕と一緒にいても、楽しい?」
まだ違う。
「はい。毎日が楽しいです。」
僕も、毎日が楽しい。
「奏は、僕でいいの?」
違う。あと一歩が踏み出せない。
「私には、歩さんしか、いませんから。」
ああ。そうだ。今なら聞ける。
「こんな僕でも、奏の隣にいてもいい?」
これが聞きたかった。やっと言えた。
奏は笑顔でこう答えた。
「はい。もちろんです。」
<side K>
水曜日にしては遅くホームルームが終わり、学校に残っている生徒は少なく、普段よりも静かでした。
歩さんに投票していなかった人が二人いたことを聞いて、そのうちの一人である服部美玲さんを探しています。服部さんと仲の良い安藤京子さんが教室に残っていたので、服部さんがどこに行ったのか聞くことにしました。
「あの、すみません。服部さんはもう帰りましたか?」
「んぁ?あー。はっちゃんは職員室寄るって言ってたけど。どうかしたの?」
これは言ってもいいことなのでしょうか?
でも、確信がないことは言わない方が良さそうです。
「少し聞きたいことがありましたので。」
「なら、ちょっと急いだ方がいいかも。はっちゃん帰るの早いからさー。」
「そうなんですか。安藤さん、ありがとうございました。」
「んー。そっちも頑張れー。」
職員室に寄ったのはいいものの、服部さんがいなかったので、走って下駄箱まで行くと、ちょうど服部さんが靴を取り出して帰ろうとしています。
「は、服部さん!」
「わ、秋山さんどうしたの?」
「あ、あの、服部、さん。」
「い、一回落ち着こ、秋山さん?」
服部さんは下駄箱の前の廊下にある運び出されていた椅子を指を指して、私に休憩させてくれました。
「秋山さん、落ち着いた?」
「はい。すみません。わざわざ帰るときになって呼び止めてしまいまして。」
「あはは。私のことは気にしなくていいよ。というか、春川君は?一緒じゃないの?」
「そうでした。選挙のとき投票していなかったんじゃないですか?」
「ああ、うん。もしかしてわざわざ聞きに来てくれたの?だから、春川君はもう一人の方ってことですか。」
「はい。なので、今は別行動です。」
「いつもは一緒ってこと。へぇ~。」
お風呂以外では、ほとんど一緒にいるので、それについては否定できません。
「そんなことはいいんです。服部さんはどちらに投票しますか?」
「まあ、私の票で結果が変わる訳でもないんでしょ?」
「そうですけど…、やっぱり一人一人の意見は必要だと思います。」
「まあ、それもそうか。ほんとはお化け屋敷とかやってみたかったけど、私だけでみんなを拘束すると思うとなかなか手を挙げづらかったんだよね。」
「その気持ち、少し分かります。周りを気にしすぎてるだけとも思うときもあるんですけどね。」
そう言うと、服部さんは「気にしすぎ、か。」と呟いた後に、「そういえば」と前置きをしました。
「もう一人って誰なの?」
「えっと、北村さん…、あ、もしかして言ってはいけなかったかもしれません!忘れてください!」
その言葉は服部さんには届かなかったのか、服部さんは真剣な顔つきになって私を見ます。
「秋山さん。今から春川君のところに行こう。」
「え、どうしてですか?」
「北村君は春川君のこと妬んでるんだよ。だから、もしかしたら、春川君と何かあるんじゃないかなって。」
「…!」
「あ、秋山さん!?」
私は気づけば椅子から飛びたし、廊下を走っていました。
(歩さんは『終わったら隣の空き教室で待ってるから。』と言っていたので、そこにいるはず!)
教室の隣、空き教室の扉を開けると、立ち塞がる北村さんがいて、その奥に座り込んだ歩さんがいました。
「歩さん!」
「秋山さん!?なんでここに…」
歩さんが俯いて座り込む原因であると思われる北村さんが真っ先に反応したのが、さらに私の怒りを加速させるように感じました。
(遅かった…!もっと早く行動できていれば、こんなことには…!)
悔しい思いが体の中で渦巻いているのが分かりました。でも、歩さんはもっと嫌な思いをしているのに違いないと思いました。
「どいてください!」
「うぉっ!?」
力一杯に押したつもりだったのですが、男子高校生となると、あまり動じませんでした。それでも、北村さんの位置が道を開けるようにずれたので、すかさず歩さんに駆け寄ります。歩さんの前でしゃがみ、視線を合わせようとしたのですが、歩さんは俯いたままで視線が合いません。
「歩さん、何があったんですか!?」
「あ、いや、…何も…。」
「嘘です。そうでなかったら、なんで泣いてるんですか。」
歩さんは涙を指で拭うので、歩の手と目元をハンカチで拭いました。
(こういうときは、まずは私が落ち着かないと)一度深呼吸をして、再び同じ質問を投げ掛けます。
「何かあったんですか?」
歩さんは少し鼻をすすりながら言葉を紡いでいきます。
「…ごめん。カッコ悪くて。」
歩さんが本当に言いたいことは違うことなのだとすぐに分かり、ここは私から質問するべきではないと思いました。
「何言ってるんですか。歩さんはカッコいいです。」
歩さんは少し顔を上げて私を見ます。
「…っ。奏は、僕と一緒にいても、楽しい?」
ようやく視線が合ったと思いきや、歩さんはまた顔を下に向けてしまいました。それでも、私は彼の質問だけに答えます。
「はい。毎日が楽しいです。」
再び顔が上がり、歩さんの目はしっかりと私の目を捉えました。でも、すぐに目を閉じてしまいました。
「奏は、僕でいいの?」
普段よりも目を閉じる時間の長い瞬きが開かれたのを確認してから答えます。
「私には、歩さんしか、いませんから。」
歩さんの瞳には、もう迷いはなさそうでした。
「こんな僕でも、奏の隣にいてもいい?」
これが歩さんの本当に聞きたいことなんだと確信できました。
なので、私は笑顔でこう答えます。
「はい。もちろんです。」




