第44話 彼女と契約
リビングに静寂をもたらした本人である姉さんは、苦笑を浮かべている。この静寂を破るために考えを巡らせるが、大して良い疑問が浮かばない。いや、疑問が多すぎて何から聞けばいいのか分からない。
「えっと、奏?それ、本当なのか?」
「は、はい。」
「えっと、弟くん。あの、良ければ奏ちゃんとここで一緒に過ごしてあげてほしいなって…」
「いやいや、待ってくれ。まずはどうして奏の部屋の契約が終わるんだ?」
「それは私から説明します。あの、今月の始めに管理人さんが『今月いっぱいで退去予定だけど準備してる?』っていらっしゃったんです。その後、お母さんに電話して、今週末にこっちに来るそうです。」
「契約を延長すれば、いいんじゃないのか?」
「それが、退去の2ヶ月前までじゃないと駄目みたいで、今から延長すると、新規契約扱いになるそうなんです。」
僕はおじいちゃんが全て契約やら何やらをしてくれたので、そんな規約があったなんて全く知らなかった。後でおじいちゃんに僕は大丈夫なのか聞くことにしよう。
「私の実家からでも通えないことはないんですが、時間がかかるのと、電車苦手なんですよね。だから、出来ればこのマンションから通いたいんですよね。それを一昨日のお風呂で忍さんに相談したんですが…」
「いや~、言い訳というか、まあ、言い訳だけどさ、好感度上げるのに必死で弟くんに伝えるの忘れてたってのは駄目?」
「駄目に決まってるだろ。」
「なら今伝えたから…」
「ヨシ!ってなるわけないだろ!っていうか、一応ここ僕の部屋なんだから、奏も僕に言ってくれればよかったのに。」
「奏ちゃん、私に話すだけでも相当緊張してたしね~。」
「そ、それは、仕方ないじゃないですか…」
「まあ、せっかくだし、奏ちゃんからお願いしてみたら?」
「え、む、無理です!」
「別に部屋貸してほしいとか言うだけじゃん。」
「うう…」
だんだん奏が姉さんのおもちゃにされている気がする。奏に声をかけようとすると、奏は僕の上で器用に向き合うように体勢を変え、腕を回し僕に抱きつく。
「歩さん…あの…一緒に、一緒に住んでもいいですか?」
奏が僕に腕を回すまでは良かったのだが、恥ずかしかったのか、すごく力が加わる。
「奏、分かった。分かったから、ち、力弱めて…」
「はっ、ご、ごめんなさい!」
ようやく奏の腕から解放され、僕だけ後ろに倒れる。
(今時の女子、力強すぎないか?)
奏が思いっきり力を込めれば、僕は何も出来なくなりそうだ。奏はやりすぎたと感じたのか、慌てて声をかけてくる。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。」
大丈夫とは言ったものの、脇の下辺りの思いっきり抱きつかれたところは痛い。
奏は僕のお腹辺りに手を置いたまま、一向に動かない。その手に押さえつけられているので、僕としても動けない。
「えっと、奏さん?少し、移動していただけるとありがたいというか…」
「…」
「奏?」
奏の手で押さえつけられていると起き上がれないので、声をかけるが、奏から反応が返ってくることはなく、奏はただ僕の方を見ている。
「ん?奏ちゃん?どうしたの?」
「あの、腰が抜けてしまって…」
「ああ、ちょっと失礼。」
姉さんは奏両脇を持って奏をソファーまで運ぶ。奏が伸びる猫のようになっていて可愛かった。
奏が移動したので、ようやく起き上がることができる。それにしても、奏の力が強いのか、最近の女子の力が強いのか分からないが、奏には敵いそうにない。奏は何もしてくることはないので、奏以外の女子には気を付けようと思うこととなった。




