第21話 過去にて
「そういえば、歩さんはどうしてこちらのマンションに住んでいるのですか?」
奏の質問にすぐに返す言葉が頭に浮かんでこなかった。ようやく浮かんだ答えは学校に近かったからという理由だった。それなら家から近くの学校にすればよかったという発想が浮かび、この案はなかったことにした。
きっと奏は僕が嘘をつこうとしたなんて思いもしないだろうと思い、言い訳のような嘘をいわなかった僕を見て、奏は焦った様子を見せた。
「あっ、えっと、嫌なこととか話しずらいことだったら無理に聞きませんよ!話したいことだけでいいんですよ!」
なぜかこの奏の一言は僕の体が急に楽にした。そのとき、奏になら本当のことを話しても良いのではないかという思いが湧いてきた。
「そうだね…。まず、僕には姉さんがいるんだ。姉さんは僕より何もかも上だった。勉強も、運動も、料理も何もかもだ。姉さんと比べて何もかも劣っている僕は両親からまともに気にかけられたことがなかった。姉さんは高校生になっても学年順位はどのテストでも一番だったし、あの名門のT大に現役で合格して今でもそのなかで上位成績をキープしてる。でも、姉さんの大学受験のとき、つまり僕が中学一年のとき、夜中に目が覚めて両親が話してるところを見てしまった。
『ねえ、あなた。歩は本当に必要だったのかしら。』
『そうだねぇ。忍さえいれば家も継げるし、忍だけでもよかったかもね。』
二人はそう言って笑っていたんだ。生んだ子をいらないと言って笑ってたんだ。僕の両親は姉さんがいれば問題ないと思ってたんだ。きっと、今でもそうだと思うよ。だから、僕は家から離れたこっちの高校に進むことに決めた。幸い、このマンションの何部屋かを僕のおじいちゃんが買ってて、そのうちの一室を三年契約で住むことになって、おじいちゃんが負担してくれてるんだ。ほんとにおじいちゃんには頭が上がらないし、両親よりは確実にいい人だよ。」
一通りここに住んでいる理由を話すと、奏はいきなり立ち上がり、テーブルを半周回り、僕の隣に座った。
「なんで、そんな辛いこと、ずっと、抱えてるんですか。なんで、話してくれないんですか。」
「え、えっ?」
奏は泣いていた。
まだ出会って半年も経たない関係なのに、奏は僕の過去を知って、その辛さを知って泣いていた。なら、僕が出来ることは、奏を安心させることなのではないか。そう思い、奏を初めて抱きしめたときより優しく正面から抱きしめた。
「僕はもう大丈夫だよ。あの時があったからこそ奏と会えた。奏がいるから今は大丈夫。」
「私、知りませんでした。歩さんが経験したことも、何もかも。」
「人間、誰も全部知れるやつなんて一人もいないよ。絶対どこかで何かを見過ごす。だから、全部は知れなくても、一部でも、知れればいいと思うんだ。」
「はい。一部、だけでも、少し、ずつ…でも…」
今にも消えてしまうような声は本当に聞こえなくなり、すぅという可愛げのある寝息が聞こえてきた。
そのまま奏は僕の肩に頭をのせて寝てしまった。僕は彼女は、奏だけは何があっても守ってあげなければという強い思いを固めて、奏が起きてからその事は伝えようと、奏が起きるのを待つことにした。




