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物事はいつも彼女から  作者: 七灯
第五章 夏休み
114/116

第114話 ちょっと昔の彼女の話

 奏に触れようとしたその手は奏に触れることなく、その男ごと遠くに飛んでいく。

久しぶりに人が空を飛ぶのを見た気がする。


「はぁ。今日は仕事なしだと思ったんだけどな。」

「は、春川の姉さん!?お前、おい、起きろよ!逃げるぞ!」


金髪男はパーマ男に肩を貸して、遠くに逃げていく。金髪男は「覚えてろ!」と捨て台詞らしい捨て台詞を吐いて、見えないところへ行ってしまった。


「助かったよ、姉さん。」

「ごめんね。二人の時間を邪魔するつもりはなかったんだけどね。」


姉さんは変装の眼鏡を額にずらして、ベンチに座る。


「公園に着いたときにいたのは知ってたけど、いつからついて来てたの?」

「奏ちゃんが弟くんに軽く叩いてたとき?」

「最初からじゃないですか!?」


奏の驚きに姉さんは「あはは。」と笑う。そんなことなら、最初から姉さんも誘えばよかったのかもしれない。

奏は先程姉さんに殴り飛ばされた男のことを心配していたが、姉さんは「まあ、大丈夫じゃない?」とあまり興味がなさそうに返す。


「歩くんは大丈夫でしたか?」


不安そうな顔をする奏が心配する内容は言葉にされなくても分かり、すぐに「大丈夫だよ。」と言うと、奏は不安がなくなったのか、腕にしがみついてくる。

 人前なので、見られるのは嫌なのだが、今回は奏を心配させてしまったので、目を瞑ることにする。



 姉さんは二人の時間をつくってあげたいからという理由でどこかへ行ってしまった。

 精神的に疲れたのでベンチに座ると、奏は僕の左隣に座った。

いつもなら人が多いときには右隣にいるが、ここには知っている人がいても、もう関係ないので、今日くらいはいいだろう。

そんなことを思っていると、奏が僕の名前を呼んだ。


「どうしたの?」

「あの、突然なんですけど、昔話をしていいですか?」


奏は本当に突然そんなことを言うので少し驚いたが、話の内容も気になったので、奏の話を聞くことにした。


「私たちが通っている学園に受験しにいった日に、私は一人の男子生徒に会ったんです。その人は私のことを知らないのに、『気分が良くなさそうだけど大丈夫?』って声をかけてきたんですよ。」


奏は顔が整っているので、もしかしたら知らない人にも、いきなり話しかけられるのかもしれない。とはいえ、知らない人に体調のことを言われるのは気味が悪い。

 そんなことを思っていると、奏は指を絡めて手をつなぎ直して、僕を見て微笑む。

この笑顔を見せられたら、奏に話しかけようとする人の気持ちも分からなくはない。


「でも、その人が言った通り、その日は体調が悪くて、試験の間の時間にいろいろとしてくれたんですよ。」

「優しい人だったんだ?」

「はい。すごくかっこよかったです。」


奏の言う男子生徒がどんな人なのかだんだん気になってきた。

というか、奏がかっこいいと思う人がいることに、少し心が引っ掛かる。


「それで、帰り際にあゆっ、じゃなくて、その男子生徒の受験番号から、その人が専願受験だったことが分かって、私はもともと併願受験だったので、公立高校の受験もして、どちらも受かっていたんですけど、こっちを選びました。」

「零さんと雫さんに反対されなかったの?」

「お母さんたちは私優先だったので、私のしたいことには駄目と言われたことがないです。」


本当に奏にここまでさせた人が気になって仕方がない。


「っていうか、その男子生徒って誰なの?」

「え?」


奏は少し驚いて、「歩くん、本当に知らないんですか!?」と聞いてくる。

 そこまで奏のために何かしようとしている人を見たことがない。

全く分からないので、もう一度奏に誰かを聞く。


「なら、私からヒントを聞き出してください。例えば、今同じクラスですか?とか。」

「じゃあ、今同じクラスですか?」


奏はその質問に「はい。」と答える。

同じクラス…と分かっても、まだ誰なのかは分からないので、次の質問を考える。


「奏はよくその人と話す?」

「はい。毎日話しますね。」

「え?毎日?」

「はい。毎日です。」


ここ数日で奏は同じクラスの誰かに会っていただろうか。というか、スマホすら触っていなかった気がする。


「本当に誰…?」

「なんでそういうところには頭が回らないんですか。もう少し質問すれば分かるかもしれませんよ。」


奏にそう言われ、その後いくつか質問をするが、全く誰か分からない。


同じクラス、毎日話す、席が近い、家に行ったことがある、部活はまだしていない、たまに男なのか疑問になる、そして、すごくかっこいい…。


こんなに情報をもらっても、誰か分からない。っていうか、そんな人が同じクラスにいただろうか。


「もう!なんで分からないんですか!」

「ご、ごめんって、本当に分からなくて…!」


奏に痛くない攻撃をされて、咄嗟に謝ると、奏はお願いを使うと宣言する。


「『今隣にいるか』を聞いてください!」

「!」


完全に自分ではないと思って考えをまとめていたので、それが自分だという発想がなかった。

今更、奏のヒントに自分を当てはめると、ほとんど一致していた。

 ともかく、お願いは絶対なので、奏の指定したことを聞く。


「…その人は今も隣にいる?」

「もう…そうですよ。これからも、ちゃんと隣にいてくださいね?」

「分かってるよ。ずっと一緒にいるから。」


奏と繋いだ手を強めに握ると、奏もそれに答えて握り返してくる。

 奏関連の記憶は、奏と一緒に暮らし始めてからしか残っていないので、本当にしたかどうかは、今の僕には分からない。


「あの時、歩くんに会えてよかったです。もし、あの時に出会わなかったら、きっと、私はあの学園を選びませんでした。」

「そんなに会いたかったの?」


奏は肩を寄せて僕にもたれ掛かり、「当たり前です。」と言う。

奏が会いに来てくれてよかった。僕も奏のおかげで変われたと思うから。

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