第112話 メイドさんとの約束
着ぐるみを脱いで、服を着てからキッチンに向かうと、未来さんがすでに用意を始めていた。
「「おはようございます。未来さん。」」
「歩様、奏様。おはようございます。早いですね。まだ6時ですよ?」
僕らにとっては、この時間に起きていたら、晩ごはんまでの準備が出来ないので、遅いほうなのだが。
「大丈夫ですよ。僕らはいつもこのくらいの時間には起きてますよ。」
「もう、若い人はよく寝てください。…と言いたいところですが、しっかり寝ているようなので、お手伝いを許可しましょう。」
なぜ未来さんがしっかり寝ていることがわかるのか聞くと、昨日の夜に様子を見にきたらしいのだが、すでにその時点で寝ていたので、起きた時間からしてよく寝れていることが分かったそうだ。
「そういえば、歩様と奏様はいつもあのように寝ているのですか?」
「うん。いつもだね。」
「い、いつもはハグして寝ません!」
奏に指摘され、昨日はそうしていたことを忘れていた。未来さんは僕が奏に腕枕をしていたところを見たらしく、未来さんが来た時点でハグをしていなかったらしい。
つまり、奏は勝手に自爆してしまったということだ。
「ふふっ。歩様と奏様は、互いに互いのことを想っているのですね。」
未来さんにそう言われるのは嬉しいので、素直に受け取っておく。
順調に料理ができていき、最後の一品になったところで、奏が「そういえば、歩くんは未来さんから料理を学んだのですか?」と聞いてくる。
「そうだね。『将来役に立つから』って、勉強の隙間時間にコツとか教えてくれたんだっけ。」
僕が未来さんに話題を振ると、未来さんは手を止めることなく「ありましたね。」と嬉しそうに言う。
「歩様の上達が早くて、教えていた私も教えていて楽しかったですよ。」
「未来さんの教え方が上手かっただけだよ。」
奏が会話に参加できず、頬を膨らませているのを横目に料理を作っていた。
「私が行くまでコンビニ弁当とかばっかりだったから、料理は出来ないと思ってたんですけどね。」
僕と未来さんとの間には、『一人暮らしのときでも自分で作って食べる』という約束がある。
奏には教えていないはずなのだが、このタイミングで言われると思っていなかった。
「歩様…?」
未来さんの手が止まり、未来さんの視線はゆっくりと移動して僕を捉える。
「い、いや、違うんです!断じてそんな…」
「楽で安いから、ですもんね?」
奏の方を見るも、奏は怒っているようで、顔を逸らす。今さら構ってあげれば…。と思うが、過ぎてしまったことは仕方がない。
というか、未来さんが怒るところを見たことがないので、どう怒られるのか少し身構える。
「歩様。」
「は、はい。」
「奏様のためにも、毎日作ってくださいね?」
思っていたより、怒られなかった。というか、怒っていない気がして、気が抜けてしまった。
「返事は?」
「わ、分かりました。」
「では、そろそろ終わりますので、歩様と奏様はお皿の準備をお願いします。」
本当に怒られなかったので、少し安心したが、怒られないことを良いことに何かするということは避けたい。
皆で朝ごはんを終えた後、奏の機嫌を直すために、奏と散歩に出かけていた。
「どこか行きたいところ…って、まだよく知らないか。おすすめならいくつかあるけど…」
「なら、そこに行きましょう。歩くんのおすすめ、知りたいです。」
奏が興味を示してくれるのはありがたいが、おすすめと言っても実家からおじいちゃんの家までの道で見つけたところばかりだ。
なので、そこに行くにはいつもより遥かに長い間歩かないといけないのだが、奏はそれでも行きたいらしく、一度家に戻り、準備をしなおす。
長い間歩くので、歩きやすい靴にしたり、暑いと困るので薄着にしたりと、万全な状態にしておく。家を出る前に、クロとシロと遊んでいた姉さんに一応連絡は入れておいた。
気を取り直してもう一度出発しようとすると、白のワンピースに着替えた奏があるものを渡してくる。
「僕は使わないけど…」
「歩くんが使うんじゃなくて、私に塗ってください。」
奏が渡したものは日焼け止めで、僕の手にクリームを出す。
奏によって手の上で薄く広げられたクリームを奏の肌に塗っていくと、奏も日焼け止めを僕の腕に塗ってきた。
「冷たっ!」
「ほらほら、我慢ですよ。我慢。」
奏は日焼け止めを塗り進め、躊躇いなく首元にも塗ってくる。
「ちょ、そこは自分でやるから…!」
「良いじゃないですか。もうちょっとで終わりますから。」
結局、奏に塗ってもらったのだが、奏は僕が塗ろうとしたら、少し距離をとって自分で塗っていた。
「奏は自分で塗るのか…。」
「私にも塗りたかったですか?」
奏のわざとらしい誘いには乗らず、麦茶が入った水筒を肩にかけて玄関から出ようとすると、奏が急いでスニーカーを履いていた。
さすがに置いていくことはしないので、奏に運動用の白のキャップをかぶらせてみる。
「ありがとうございます。持ってくるのを忘れていたので助かります。」
奏の手持ち鞄に帽子が入っていたのは日焼け止めを渡されたときに見えていたのだが、奏なりの優しさなのだろう。
僕も同じ帽子をかぶって、玄関を開ける。奏も準備が終わり、僕の手に掴まって玄関の外に出る。
先程まで僕らがいたところには、クロとシロが並んで座って僕らを見送ってくれていた。
「行ってくるね。シロ、クロ。」
「行ってきますね。ちゃんと待ってるんですよ?」
二匹の猫は言葉が分かっているのか、「にゃーん」と鳴いた。そんな二匹の猫を遮るように、ゆっくりと玄関の扉を閉めた。




