第111話 甘えたいときもある
昨日と同じように奏と姉さんと一緒にお風呂に入っていると、途中で未来さんと一夏さん、春奈さんがおじいちゃんとおばあちゃんを連れてお風呂にやってきて、一夏さんと春奈さんはおばあちゃんの体を洗うお手伝いをしていた。
この家のお風呂は大人が10人いても、きついと全く思わないほど広い。奏に昨日、ホテルの大浴場より少し小さいくらいだと言われた。ホテルなんて、小さいときに行っただけなので、ほとんど覚えていないので、そこまで比較にならなかったが、とりあえず納得しておいた。
まあ、この大きさのおかげで皆でお風呂に入れるのはいいと思う。
「歩くん、今日は『アレ』着て寝ましょう?」
「…お願い?」
「はい♪」
奏は僕の質問に嬉しそうに答えると、一足早くお風呂から上がる。
「ほら、早く行きましょう!」
そう言って僕に手を伸ばす奏はのぼせたのか、照れているのか分からないほど頬を赤くしていた。
奏とお風呂を出て、寝る用意をしていたのだが、あの着ぐるみが見当たらない。
襖が開く音がして、奏だと思い振り返ると、そこにいたのはクロだった。
近づいてきたクロは差し出した僕の手のにおいを嗅いで、僕だと分かったのか床にちょこんと座った。
「クロは着ぐるみのこと知らないよね…」
「にゃ…」
クロはさっき座ったばかりなのに、ゆっくりと立ち上がり、グーっと伸びをして、入ってきたときに開けていた襖に向かい、その途中で僕のほうを振り返る。
ついてこい、ということだろうか。そんな気がして、僕も立ち上がった。
クロについていくと、またお風呂までやってきた。
そこには黒猫の着ぐるみのにおいを嗅いでいる奏がいた。
「…奏?」
「ひゃあ!?」
奏は予想以上に驚いて、「いいにおいだったから…!」とよく分からない理由を話していた。
「もしかしてクロちゃんが…?」
案内を終えたクロはいつの間にかまた廊下に行ってしまい、去り際に「にゃ。」と鳴いて、姿が見えなくなった。
黒猫を手にした奏は、まだ髪を乾かしていなかったので、奏の髪を乾かしてあげることにした。
今日の奏は甘えたいらしく、髪を乾かしている間も、いきなりキスをしようとして、そのままでは口まで届かないので、背伸びをしてキスしてきたり、ずっと抱き締めつづけたりと、普段より一段と甘えモードが強い。
髪を乾かし終えても、甘えモードは続くので、「誰か来るかもよ?」と言うと、すぐに僕を部屋に連れていく。
連れていかれたのは全く問題ないのだが、なぜか奏が黒猫の着ぐるみを着た。
「僕が着るんじゃないのか…?」
「いえ、今日は私が着ますよ。はい。どうぞ。」
奏は着ぐるみの裾を広げて、僕が入るのを待つ。
奏が広げた隙間に入らずに少しだけ待ってみると、奏は暑くなってきたらしく、着ぐるみを脱いだ。
中にシャツと服も着ていれば、さすがに暑いだろう。
奏が脱いだ黒猫の着ぐるみを奪うと、奏は「やっぱり、歩くんに入りたいです。」と言う。奏に入られるのは確定らしい。
黒猫の着ぐるみの上だけを着ると、奏に「暑いと思うので、上だけでもいいですよ。」と、条件の緩和を許可された。
夏場に長ズボンは中々厳しいので、非常にありがたい。
かといって、着ぐるみだけでも暑いので服は脱ぐのだが。
だが、着ぐるみを肌にそのまま着るのは抵抗があるので、シャツは脱がない。というか、脱いだら駄目だと直感する。
奏も白猫を着るのかと思いきや、今日は奏は甘える専門らしく、僕の着ぐるみに体を入れる。
奏は目の前に顔を出して、ベッドに僕を押し倒す。
「なんか、今日の奏、いつもより積極的じゃない?」
「…本当は、歩くんを甘やかしたいんですけど、いつも気づいたら甘えちゃってます。なので、歩くんが甘えてくれるように頑張ってます。」
奏が頑張ってくれるのはありがたいが、僕自身、どう甘えればいいのか分からない。
「甘えるって言っても、どうすればいいの?」
「え?それは…、歩くんがしてほしいこと…とか?」
「してほしいこと…。」
してほしいことは奏がいつもしてくれるので、追加で何かしてほしいことがない。
考えても何も出てこないので、奏に「いつもので満足してる。」と言うと、奏は「なら、私がしたいことで満足できる、ってことですか?」と聞いてくる。
「うん。奏がしてくれることは全部好きだよ。」
奏はその言葉を聞いて、すごく嬉しそうな顔をする。
「…じゃあ、襲いますね。」
「え?」
久しぶりに首元にくすぐったさを感じ、声を抑えるのに必死だった。
案の定、完全に声を抑えられず、未来さんが様子を見に来てしまい、そこで奏の攻めは終わりを迎えた。
未来さんはノックをしてくれたので、未来さんが入ってくる前に奏は着ぐるみから体を抜いたので、何をしていたかは分からないと思う。
「歩様、その痕は…?」
「え、その…なんでもないです!」
慌てて黒猫のフードで首元を隠すと、未来さんは、僕の反応が不自然だったらしく、何かを察したようだ。
「…こほん。その…奏様。出来ればなのですが、痕は残らないようにお願いします。」
「わ、分かりました…。」
奏はその後の攻めは優しくしてくれたので、もう一度未来さんが来ることはなかった。
奏が抱き枕にしてほしいと言うので、奏を抱いて寝たはずなのだが、次の日には、いつものように、腕枕になっていた。
奏はまだ寝ていたので、奏が起きたときにも抱き締めていたらどんな反応をするのかと思い、奏を抱き締めてみる。
奏の寝顔が目の前にあり、思わず「かわい…」と声が漏れてしまったが、奏は起きる気配がない。
少しの間奏の寝顔を観察していると、「んにゅ…」という声が聞こえたので、寝たふりをしてみる。
「…んに。あ…。」
きっと奏は今起きているのだが、腕の中でじっとしている。
「…かわいい。」
「!?」
予想していなかったささやきにより体が反応してしまい、奏にバレたと思っていたのだが、奏は気づかなかったのか、何も言ってこない。
奏が静かにじっとしているだけなので、逆に静かすぎるのが怖くなってきた。
「…歩くん?」
「…。」
「寝てますか?」
「…。」
何か反応したほうがよかったはずなのに、沈黙をしたために、『実は起きてました~!』といったドッキリが出来なくなってしまう。
こんなことなら、奏に僕が起きる前にどんな感じなのか聞いておけばよかった。そうすれば、自然に起きました感が出て、なんとかなったかもしれない。
いっそ奏にキスされて起きましたなんて…
「…んっ。」
タイミングよく、奏がキスしてくれたので、ここしかないと思ったのだが、奏にキスした後すぐに指で口を防がれる。
「起きてるのバレバレです。」
「っ!?」
目を開けると、少し顔を赤くした奏に見つめられる。
奏はもう一度キスをして、「嘘つきな歩くんにお仕置きです。」と言う。
上体を起き上がらせ、奏は少しゆっくりなペースで上体を起こす。もっと腹筋をさせてあげようか…?
「…いつから起きてたの?」
「歩くんが抱き締め直したときですかね。」
「最初じゃん…。」
奏の演技力の高さを思い知り、また、ドッキリも端から破綻していたことを知る。
「僕って、起きる直前ってどんなことしてるの?」
「そ、それは…、その…っ。」
奏がさらに顔を赤くするようなことをしてしまっていると思い、深く聞きたくなった。
「歩くんが…私を求めるので…そ、その…。わ、私も、いつもそれに答えようと…」
「いつも!?」
頭の中がぐるぐるして、考えが上手くまとまらない。
(奏に手を出していたらどうしよう…!)
「どうして、歩くんは…、いつも私の手を探してるんですか…?」
「…て?」
「はい。この手ですよ。」
確かに、いつも起きたときには奏と向き合って手をつないでいる。奏が今握っている右手は、今日も起きたときには奏の手と指を交わらせていた。
「あー。奏に手を出していないかって心配だった。」
「私はいいですよ。歩くんがしたいことなら、何でも受け入れますよ?」
「なんでも…?」
「はい。何でもです。」
奏は透き通るような瞳で僕をじっと見つめる。
奏が本気だということが伝わってくる。
奏をもう一度ベッドに押し戻して、少しだけ、二人の時間を楽しんだ。




