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物事はいつも彼女から  作者: 七灯
第五章 夏休み
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第110話 確かな感触

「未来さんは、いつからこのお仕事をされているのですか?」


奏がそう質問すると、未来さんは僕に話してもいいことなのかとアイコンタクトを送るので、僕はそれに頷いた。


「…10、いえ、15年前でしょうか。歩様が生まれてからですが、歩様を面倒を見るようにと、歩様と奏様の祖父である、晴道(はるみち)様から頼まれました。」


奏は「そんな昔から…!」と驚いていたが、僕も未来さんがそんなに昔から面倒を見てくれていたとは思わなかった。

そして、なぜおじいちゃんが未来さんに僕の面倒を見るように頼んだのかも、すぐに分かった。


「あの人たちが僕を嫌がったから…」

「はい。歩様の母の…陽子(ようこ)様は、歩様を晴道様と和子(かずこ)様に押し付けるような形であの家を出ていってしまい、その当時、足腰を痛められていた晴道様は仲の良い井上家に頼みました。私の家では、私だけしか産まれなかったのもあり、家を継ぐのを諦め、春川家にこの地域の将来を任せることになりました。…その、奏様?」

「だ、大丈夫です。続けてください。」


奏は熱心にその話を聞き、たまに僕と顔を合わせて、ついには僕の膝の上で未来さんの話を聞き始めた。それを未来さんに気にされて、耳を赤くしていた。


「続きですが、歩様が小学校に通い始めるとなったときに、いきなり陽子様が家に戻ってこられて、歩様を連れていかれました。私たちは、陽子様が育児をするのを決心したと思い、安心していたのですが、その3日後には、目立たないところに(あざ)がいくつもできていた歩様が一人で戻ってこられて、陽子様には歩様を受け入れるという思いが無いことを知りました。その後も、歩様は一週間に一度か二度、私たちのもとへ来ていました。」

「そんなに、家は近かったんですか?」

「いえ、直線距離でおよそ8キロです。なので、ルート次第ではさらに長くなりますし、仮に8キロだけだとしても、確実に小学生の歩様には遠い距離です。」

「8キロ…」


今でも、少しだけあの家からおじいちゃんの家までのルートを覚えている。

 何度行ったのか分からなくなるくらい、行くと怒られるのが分かっていても、おじいちゃんたちに会いに行く方が苦しくなかったから。


「中学になってからは、もっと回数が増えて、ほぼ毎日のように、こちらまで来ていました。学校帰りにそのまま来ていたのでしょう?」

「そう…だった気がする。でも、小学生の時よりは時間もかからなかったし、勉強も未来さんが教えてくれたし。」


未来さんは「そこまで歩様に教えることはありませんでしたけどね。」と少し嬉しそうに返した。



 僕は遠山さんたちがいつから来ていたのかを聞くと、未来さんは今年の5月からだと教えてくれた。


「一夏様と春奈様は晴道様と和子様のサポートを担当しておりまして、転倒防止や、家の防犯などをしておられます。」

「なら、未来さんは何をしているんですか?」


奏が不思議そうに聞くと、未来さんは「指導係ですよ。」と一夏さんと春奈さんが日々成長していることを教えてくれた。

 そこで、飲み物を買ってきてくれた姉さんが帰ってきて、僕らにラムネを渡すと、ベンチの後ろにまわった。

 姉さんに未来さんの話のことを少し話すと、姉さんはすでに知っていたらしく、未来さんに「大変でしたよね。」と同意を求めていた。


「私は歩様と関わることが好きでしたので、苦痛にはなりませんでしたね。」

「歩くんは私が貰いましたから…!」


奏は未来さんが『好き』と言ったことに反応して、見せつけるように僕に体を預けた。

そんな奏に、未来さんは手を口に当てて笑い、奏に「歩様を取ったり致しませんよ。」と奏の警戒を緩めていた。



 姉さんが公園に設置された時計を見たらしく、「そろそろ始まるよ。」と教えてくれると、すぐに遠くの川の方で暗い空に大きな華が咲いた。


「…綺麗ですね。」

「すごく綺麗だね。」

「はい。とても綺麗です。」


未来さんと姉さん、奏の呟きに「そうだね。」と軽く返して花火を見ていると、奏が何かを待つようにこちらを見る。


「え?僕、何か変なこと言った…?」

「…いえ、本当に知らないんだなぁって思いまして。」

「…?」


姉さんが「奏ちゃん、綺麗って言ってほしいんだよ。」と僕に耳打ちすると、膝上の奏が耳を真っ赤にしていた。


「そうなの?」

「…ばか。」


機嫌を取りに奏の頭を撫でようとしたが、髪が崩れてしまうかもしれないと思い、触るのを止めた僕の伸ばしかけた手は奏の手に捕えられた。


「次からはちゃんと自分で気づいてください。」

「が、頑張ります…!」


奏にビシッと注意され、反省していると、奏は繋いだ手を一度離して、指を絡めてから、「『ソレ』は、お家に帰ってからお願いします。」とボソッと囁いた。



 花火大会は終わり、家に帰るのだが、膝上の奏が立ち上がる気配がない。

もしかしたら、履き慣れない草履だったので、足を痛めたのかもしれない。


「奏、大丈夫?」

「な、何がですか?」


奏は足の痛みを隠そうとしたのだろうが、いつもの奏を知っていれば、すぐに誤魔化そうとしていることが分かる。


「何が…って、足痛いんでしょ。」

「…分かっちゃいました…?」


奏は少しふらつきながら立ち上がるので、すぐに僕も立ち上がって奏を支える。

奏をそのままおんぶすると、奏は焦り始めた。


「あ、歩くん!?」

「足が痛いのに、歩かせる訳にはいかないでしょ?この辺は人も少ないし、すぐに帰ればそんなに見られないよ。」


奏は僕の理由に「そ、そうじゃなくて…!」と言う。

見られることが嫌な訳ではないらしい。


「あの…今、着けてないんです…。」

「…。」


奏の理由に何度も思考を巡らせるが、答えは一つしか浮かんでこなかった。

こういうときは一度深呼吸をするべきだ。

大きく息を吸って、全部を外に吐き出す。

(よし、帰るか!)

 落ちた奏の草履を未来さんが回収したのを確認してから歩き始めると、奏も胸のことを気にするのを諦めたらしく、ゆっくりと体を引っ付ける。

背中に伝わる感触に気持ちが流されないように違うことを考える。考えたことをすぐに奏に話して気持ちを逸らしながら、家に帰った。

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