第103話 少年は大罪を犯す
予想以上に時間がかかってしまったので、零さんと雫さんに心配され、服部さんと会ったことと、不審者がいたことを話すと、二人は納得してくれたようだ。
「ねえねえ歩くん。奏とはどこまで進んだの?もしかして、ああいうのむ…」
「雫。そこまでだよ。」
零さんに口を抑えられた雫さんはまだムゴムゴと何かを言おうとしていたが、何を言っているのか分からなかった。
零さんは「気にしなくていいよ!」といい笑顔で言うが、本当に気にしなくてもいいのだろうか。
「大丈夫、大丈夫。ほら、二人は料理を…」
「え?でも、まだ早すぎますよ?」
奏が不思議そうに言うと、零さんは時計を見て、「じゃあ…」と他の理由を考えていた。僕らは「席を外してほしい」と言われれば席を外すし、理由がほしい訳ではないのだが。
「二人は明日からの出かける準備を…」
「準備も終わってます。」
「えぇ…?」
零さんは困ってしまったようなので、助け船を出すことにする。
「じゃあ、僕は掃除してきます。」
「あ、なら、私もお手伝いします。」
奏が僕の思い通りにしてくれたので、なんとか作戦は成功したようだ。
寝室に入る直前、チラッと後ろを見ると、零さんが顔の前で『ありがとう』と伝えるようにハンドサインをしていたのを見てから寝室のドアを閉めた。
奏は姉さんがパソコンの前でうなだれているのを見て、心配そうに声をかける。
「忍さん。大丈夫ですか?」
「あぁ、うん。ちょっと方向性が見えなくなってきただけ…。」
姉さんは論文を提出するためにテーマを決めて、それについてパソコンと向き合っているのだが、端から見ても大変そうだ。
僕はベッドの端に腰かけると、奏はパソコンの画面を見て、少し嫌そうな顔をしていた。
僕も以前画面の文字列や図を見て、知らないことが多すぎて、「弟くん、すごく嫌そうな顔してる。」と姉さんに言われたのを思い出した。
姉さんから見た僕はこういう感じだったのだろう。
姉さんがパソコンを閉じて、奏に「難しいでしょ?」と聞くと、奏はすぐに「全然分かりませんでした。」と言う。
「これ、夏休み終わったときに一時提出なんだよねぇ…辛い。」
姉さんは僕の隣に腰かけると、そのまま僕を抱き締めたままベッドに転がる。
「あ~。この細い感じは弟くんだぁ~。」
「どんなところで評価してるんだよ!…って、かなっ!?」
奏が上に乗ってくるので、上から奏、横から姉さんに押さえつけられて身動きが取れなくなる。
「忍さん!歩くんは私のです!私は歩くんの彼女なんですから!」
「いやいや、弟くんは譲れないよ。私だって、本気出せば弟くんの彼女になれるでしょ。ね?」
どうして奏は僕が姉さんと引っ付くと毎回こうなるんだろうか。もしかして、嫉妬というやつなんだろうか。
まあ、姉さんが彼女なら、この上なく何があってもなんとか生き残れそうな感じがする。
「だ、駄目ですよ歩くん!歩くんは私しかいないって、前に言ってくれたじゃないですか!」
(奏さん?あなた、姉さんがいること分かってますよね…?え、分かってるよね…?)
もとより逃げる気はなかったのだが、なぜか奏は僕の上で器用に動いて、しっかりと馬乗りになる。
が、それよりも腕ごと抱き締められた姉さんの腕にだんだん力がこもっていくような感じが後頭部と胸元からひしひしと感じる。
「ねぇ、弟くん?私は…?」
「ね、姉さんも、すごく大切な…」
「あの時のは嘘だったんですか…?」
地獄のような状態になってしまった。すべては余計なことを言った奏が悪い。あの時に姉さんのことが頭の中になかった僕は悪くない。
もう、何を言っても駄目な気がしたので、黙ることにする。
「ウワー、サイテー。」
「嘘つきの悪い子にはお仕置きです。あむっ。」
「にっ!?」
久しぶりの襲撃に声を我慢しようとしても、こればかりは我慢できない。
体感30分、現実5分という長い襲撃に加え、全身を抑えられて動けない僕に、奏は耳元で「浮気は許しませんよ。」という声に体がゾクッと反応して、耳元で奏の笑う声が聞こえるのだった。
その後、僕は奏のお願いを聞くことになり、わざわざクローゼットに封印されていた黒猫を着せられていた。ただし、上の服を脱がされ、上はシャツなのだ。それでも着ぐるみは暑い。
「これ、暑くない?」
「大丈夫です。私も入りますから。えい!」
目の前に奏が現れて、一度口づけされて、なぜか奏は着ぐるみに入ってから上の服を脱ぎ始める。
「ちょ、奏!?」
「仕方ないじゃないですか。暑いんですから。それとも…我慢、できませんか?」
どちらも薄着なのに密着して耳元でそう囁くので、鼓動が速くなるばかりだ。
姉さんはというと、ほほえましく僕らを見るだけで止めようとしない。
そして、奏の攻めはどんどん強くなっていく。奏は着ているシャツと、背中まで続いている白い壁を指で挟む。
「こっちかこっち、どっちならいいですか?」
「…どっちも、選ばないというのは…?」
「その時は両方しますけど。」
どうやら逃げ場はなさそうだ。それなら、やることは一つだろう。
おもいっきり奏を抱き寄せて、絶対に離れないようにする。
「これなら、脱げないでしょ?」
「でも、歩くんも逃げられませんよ?」
なら、必ず奏が離れようとする言葉を投げ掛けてみよう。
「…奏、ちょっと太った?」
「…。」
「…あ。やば…」
言った後に言葉選びを盛大に間違えた気がした。どうやら僕は地雷原でタップダンスをしているらしい。
「へぇ…そういうこと言うんですか…。」
「えっと、奏さん?あの…、これは…!」
「女の子を怒らせるとどうなるか、しっかりその体に刻んであげます。」
この宣言の後、現実時間で3時間という、体感一日を奏を怒らせたらいけないということをみっちりと体に教えられ、お願いを10回受けさせていただくという形で場が落ち着いた。
そして、晩ごはんはいつの間にか退出していた姉さんと手伝いをしてくれたらしい零さんが作ってくれたので、それを食べて晩ごはんは終わった。ただ、奏がすごく不機嫌だった。そして、ムニエルは明日の朝につくることになった。




