第102話 久しぶりのデート?
お昼ごはんを食べている間に、調理実習の話になり、雫さんが鮭のムニエルが食べたいと言うので、奏と二人でスーパーに来ている。
「なんか二人でこういうところに来るの、久しぶりだね。」
「そうですね。いつも忍さんに任せてましたし…」
横を歩く奏がずっとこちらを見てくるので、どうしたのか聞くと、「歩くんが嬉しそうだなぁ、と思って見てました。」と言われ、顔が熱くなるのを感じる。
「う、嬉しいけど…」
「…けど?」
別に嫌なことは1つもなかったので、この場で逆接を使った理由を考える。
「…周りからの視線が辛い。」
「…まあ、妥当ですね。」
嘘という判定にはならない方の妥当なのか、視線が集まるのが妥当なのか、はっきりとは判断できなかったが、もしかしたらどちらもという可能性もある。
だが、僕たちの背後から予測していなかった声がかかる。
「あれ?春川君に、秋山さん?」
「「え?」」
振り返ると、そこには服部さんがいた。
服部さんは親に買い出しを命じられたようで、嫌々来たら、僕らを見つけて「来て良かった。」と言っていた。
服部さんは僕らがカゴを、1つしか持っていないのを見て、「同棲中?」と聞いてくる。
「ち、ちが…わないですけど、違います!」
服部さんは奏の反応を見て、「ふふ。」と笑い、壁を指差した。
服部さんの指先には、『卵は一家庭一パックまで!』という広告があった。
「ああいうのはどうするの?」
「いつもなら、分けて会計しに行くかな。」
「やっぱりそうだよね。」
服部さんの納得したという反応に「でも…」と奏が口を挟んだがその先は言わず、言っていいことなのかとこちらを見る。
その無言の質問に一度頷くと、奏は明日から僕のおじいちゃんの家に行くことを説明した。
「外堀を埋めるってことじゃん!」
「ち、違います!」
奏は頬を少し赤くして否定するが、服部さんは「さすがは秋山さんだね。」と話を聞いていなさそうだった。
服部さんのスマホが鳴り、話す声が大きいのか、設定で大きくしているのかは分からないが、少し離れた位置でも、「早く帰ってきなさい!」という声が服部さんのスマホから聞こえてきた。
服部さんはスマホをしまい、申し訳なさそうに「あの…」と切り出した。
「私、そろそろ行くよ。お母さん怒ってたし…。」
「はい。お気をつけて…」
大変そうな服部さんを見送って、僕らも予定のものを買いに回ることにした。
買ったものをレジに通し、保冷バックにすべて入れてバックを肩に掛けると、奏に心配される。
「大丈夫ですか?重くないですか?」
「大丈夫だよ。学校用のカバンよりは軽いと…、いや、ちょっと重い?」
微妙な返答に奏は「やっぱり重いじゃないですか…」と少し呆れているように見えた。
まあ、肩を痛めなければ大丈夫だろう。と思いつつ、スーパーを出た。
マンションに着くまでは何ともなく、奏と会話を広げていたが、マンションのエントランスに人が集まっているのを見て、奏は「何があったんでしょう…?」と人混みの方を見る。
人混みの奥に全身に黒い服をまとった人物がいたので、奏を人混みから離れた玄関まで連れていく。
奏になぜ玄関に戻るのか聞かれ、「あの人、怪しくない?」と人混みの奥を指差すと、奏は「確かに…そうかもしれません。」と僕が伝えようとしている人物を捕捉できたようだ。
僕はスマホを取り出して、ある人に電話をかける。
電話がつながると、スマホから『もしもし?』と声が聞こえる。
「もしもし、春川です。すみません日野さん、今大丈夫ですか?」
『ああ、春川君か。電話なんて珍しいね。なにかあったの?』
「ちょっとエントランスで揉め事があって…」
数分後、エプロン姿の日野さんがエントランスにやって来て、僕を見つけると、一枚のカードを渡してきた。
「これは三階用のカードで、これで三階の通路に行けるから。じゃあ、16時くらいに部屋に行くから、そこで返してくれればいいかな。」
「分かりました。ありがとうございます。」
「じゃあ、春川君。また後でね。」
日野さんはすぐに部屋に戻るように言って人混みへと向かっていった。
日野さんから借りたカードを持って階段に向かうと、「離れて!」という声がした後、何か重いものが落ちたような大きな音が聞こえた。
奏と僕はいきなり大きな音が聞こえ、何があったのかと壁越しにチラッと状況を確認すると、日野さんがナイフを持った全身黒づくめの男を組伏せていた。
「ど、どういうことですか!?」
状況が理解できていない奏は僕にそう聞いてくるので、日野さんが合気道をやっていたことを教えると、「そうなんですか!?」と驚いていた。
確かに、日野さんは僕より頭1つ高く、シュッとした体型で、何かスポーツをやっていたように見えるが、本人は合気道以外は義務教育の体育しかやっていないと言うので、そうなのだろう。
日野さんは男の手からナイフを取り、ハンカチに包んで刃先を折ったところで、壁越しから見ていた僕らと目が合う。
ハンカチごとカウンターにいるスタッフに渡してからこちらに向かってくる。
「ごめんね。びっくりしちゃった?」
「はい。驚きました。」
「あの音はさすがに驚きますよ。」
奏と僕がそれぞれの反応をすると、日野さんは「だよね…。」と反省しているようにも見えた。
日野さんにカードを返していると、何人かの人に男が運ばれていくのが見え、「あの人は?」と聞くと、日野さんは「あぁ。」と一息ついてから、説明をしてくれた。
つまりあの人はいつぞやの大会で日野さんに負けた人らしく、日野さんがマンションの管理人をしていることを聞いて、わざわざここまで来たらしい。
「まあ、皆夏休みの時期だし、あの人も暇だったんじゃないかな?」
「そういうものなんでしょうか…」
そうして、日野さんは仕事に戻るらしく、別れたすぐに「あ、そうだ!」と言って、僕らを呼び止める。
「二人にはこれを渡しておくよ。」
渡されたのはチケットで、『ドリンク一杯無料』と書いてある。
「僕の経営してるカフェのサービス券だよ。事態が最善で済んだお礼としてもらっていってほしいな。」
「ありがとうございます。今度行かせてもらいます。」
「うん。お待ちしております。じゃ、僕はこれで。」
今度は呼び止められることなくエレベーターに乗り、無事に部屋にたどり着くことが出来た。




