第12話 アディショナルタイム到来です 今後も講義はサボります【番外前編】
蓮と付き合ってから一週間後、休日に私と蓮二人でとある場所に来ています。
「愛ちゃん見てあれ、魚同士ずっと引っ付いて泳いでるぞ! まるで俺ら二人みたいだな」
「……そ、そうですね」
そう、水族館です!
映画館、遊園地に並んで定番のデートスポット。
私は水族館デートというものに憧れを抱いていました。
神秘に満ちた空間の中、好きな人と手を繋いで雑談を交えながら歩く……ロマンスが溢れていていいじゃありませんか。
それに蓮が楽しそうにする表情も近くでたくさん見れますし、はあ、はあ、眼福です。
「愛ちゃん、俺の顔ジーッと見るのも良いけど、せっかく水族館に来たんだから魚を見ようぜ?」
「ああッご、ごめん蓮……わ、ああああの魚大きくて硬そうで面白いですね。まるで石みたいです」
「それ本当に大きな石ッ……フハハッ、別に必死にならなくても大丈夫だって」
恥ずかしさのあまり暴走気味になってしまいました……これではダメです、いつもの私の調子を取り戻さなくては!
気持ちを落ち着かせる為、蓮と繋いだ右手ではないもう片方のからっきしな左手を、蓮のお腹に突っ込んで……
「愛ちゃん?」
「……こうすると私も蓮も腹筋もハッピーになります。必然な行為、別に気を紛らわす為ではないのです」
「結構ベッタリくっつかれると周りの視線が……」
「し、仕方ないのです」
腹筋を触るため左手を伸ばしたら蓮に引っ付いてしまうのも、また必然なのです。蓮の体温を感じながら水族館を満喫するのも悪くないと思いますよ?
蓮も私の温もりを感じてドキドキしてるはずですし。
「それに、ここは私と蓮の空間なのです。周りなんて気に停めず、私だけを感じてください」
「そのセリフ、この世の男全員をイチコロ出来る威力があるわ」
「蓮だけイチコロ出来れば十分なのです」
これはこれで別方向に暴走している気がしますが、まあ気分は良いので問題ないですね。そんな暴走組は熱帯魚コーナーに移って行きます。
大きな筒状の水槽の中で、色とりどりのサンゴ礁が揺らめき、カクレクマノミ等のカラフルな魚が優雅に泳いでいます。
サンゴをこうして真近で見ると、触手一本一本が動いていてちゃんと生きてるという感じがしますね……植物みたく固まってるイメージがありました。
「このゆったり感いいですね……特にサンゴが」
「魚じゃなくてサンゴに目が行くのマニアックで愛ちゃんらしいね」
「……それ褒めます?」
頬を膨らます私の頭を、蓮が気分でぽんぽんします。この暖かい空間は熱帯魚コーナーだからか、それとも蓮と一緒に居るからでしょうか。
ああダメです、また蓮の顔をジッと見てしまいます、蓮が眺める水槽を一緒に見るのもロマンスなはずですよ!
そうして水槽を眺め始める二人。そんなアツアツ空間の後ろ側、通りすがりの女性二人組が、突如爆弾発言を投下します。
「このニョロニョロは何なの?」
「これはチンアナゴって言う魚ね。いつも砂の中から顔を出してるところが可愛いわ」
「ぷぷぷー名前がチンチンみたいなの!」
チ……!?
後ろでチンを連呼しだす少女。これには一緒に居た女の人も大慌てのご様子。
もうもう、やめてください!
蓮との暖かい空間に亀裂が入ってしまいます!
ああでも周りなんて気に停めずと言った私がチ……に引っ張られてどうするんですか、ここは冷静さを保つのです。
チン……の一つや二つ問題ないのです。あ、でも私は蓮一筋なので一ッ……ああああダメダメダメですよ!
私は蓮に引っ付いたまま頭から煙を出してプスプス。少女の発言を聞いた蓮が水槽からプスプス女に目を移して。
「確かにチンチンみてえだよなあ、誰しもが初めに受けるチンアナゴの印象って絶対チンチンだろ」
スンとした顔でそう言いのけます。
「わ、ダ、ダメです蓮ッそんな言葉を蓮が発してはいけないのです!」
「あ、ごめんこうゆうのダメなんだっけ愛ちゃん。……けどこの前二人で言ったコメディの映画、こうゆうネタでクスクス笑ってたような」
「あれは映画館効果です! それに私はこんな低レベルなネタで笑うはずがありませんよ」
私はただこの初デートの雰囲気を大事にしたいんです。あの時の映画館とはまた違……あれ?
映画館二人で観に行ったあれってデートに入るんですかね……?
よく考えてみれば、蓮と水族館に行くのは始めてでしたが、幼馴染な事もあって二人で出かけるなんてしょっちゅうだったような。
「蓮、映画館ってデートだったんですかね?」
「デッデート!? ……確かに、受け取り方によってはデートと言えなくもないかもな」
ということは、私達はあれですか、ベテランってことですか!?
デートをし慣れたカップル……もうそこのそこまで来ちゃってるのでしょうか。
キスもしましたし、こうしてくっついてますし、AとBをしまくった私達はもうCにまっしぐら……ダメダメダメです、なんでチンアナゴを連想してしまうのですか私はッ。とりあえず腹筋を撫で撫でして落ち着かなければ……!
デート……と小さく呟き考えにふける蓮と、水槽そっちのけで腹筋を撫で回す私。そんな私達の後ろで、水槽の中で可愛らしくひょっこりするチンアナゴを眺める、先程の爆弾魔がトドメの一撃を落とす!
「知ってる? チンアナゴって長さが三十五センチもあるのよ?」
「ふーん、長いチンアナゴなの。略して長チンなの」
腹筋を撫で回す大学生はその爆弾をモロにくらい。
「プフッーーーー!!!」
「あ、愛ちゃん!?」
「こここれは違うんです蓮、別に、私はこんなことで面白いと感じる低ランクではないのですー!!!」
結局周りを意識してしまう私は恥ずかしさのあまり、蓮の手を強引に引っ張りその場を後にしてしまいました。
◇◇◇
蓮の手を引っ張った先、また新しいコーナーがあります。子供達が何人かでキャッキャしていますね。
「お、ここふれあいコーナーじゃん。愛ちゃん一緒にふれあいまくろうぜ」
「ふれあいまくる!? こんなところでふれあいコーナーしちゃったらCにまっしぐらですよお!」
「Cって何だ? ほらこれ、びょい~ん」
と言って蓮が水槽から取り出した黒いぶよぶよした物体。
「ひゃッ、ナ、ナマコ!?」
「ナマコ可愛いよな、愛ちゃんも触ってみれば?」
な、なるほど、普通に考えたら水族館にそんなふしだらな場所あるはず無いですよね。
この魚とかヒトデを触れる大きな水槽、確かタッチングプールでしたっけ。
にしてもナマコですか……テレビでナマコを捌くシーンを見ちゃってから苦手意識があるんですよね。
「まあ、少しくらいなら」
しかし、蓮のキラキラ笑顔を無視して触らないという選択はありません。指先でちょんとするだけです。
蓮の口元がニヤッとして。
「内臓出ちゃうかも」
「うわわッ!」
「冗談だって、ふれあいコーナーのナマコは触っても内臓は出ないし溶けないタイプだから」
「……もう」
蓮が水槽に戻した黒いぶよぶよを指でつんします。ぶよというよりポヨッとしてますね、水分がいっぱいと言いますか……ポヨッ……ポヨポヨ……
「可愛いでしょ?」
「可愛いです、ただ目とか間違って押しちゃったら怖いですね。どこに付いてるかさっぱりで」
「ナマコ目ないよ、てか耳と鼻、心臓だってないんだ。口と肛門くらい」
「逆に何も持ち合わせていないのに、肛門はしっかりあるの可愛いですね、サンリオデビュー出来ますよ」
肛門がポムポムに結びついてしまうのは私だけでしょうか?
サンリオガチャでおしりマグネットなるものが出てるくらいですから、ナマコおしりマグネットもどうでしょうか。可愛いはずです。
そんなポヨってる私達の近くに、またあの爆弾魔が接近して来ました。嫌な予感がします。
「何で水槽の中にうんちがいっぱいあるなの? それに皆してうんちを触って幸せそうなの」
「これはナマコって生物なのよ。ものによるけど美味しく食べられるわよ」
「うんちを食べるなんてどうかしてるなの。略してナマうんちなの」
不意な三度目の爆弾投下、私の抑えきれないダムが再び決壊する!
「プフッーーーー!!!」
「愛ちゃん!?」
「もう、もう嫌ですー!!!」
私はまたも蓮の手を引いて、外に出る為早歩きします。
お土産コーナーでチンアナゴとナマコのぬいぐるみを購入したのは、少し後の話です。