余談 夢の中のお茶会
ここは何処? 私は誰? ……記憶喪失になった人の定番台詞を言っている場合ではないわね。
私は麻守和美。大学一年目の、ケーキ屋でアルバイトをしている普通の女子大生だ。
ふと気が付くと、私は何処とも知れない場所に居た。広い部屋……いや、広過ぎないか? ってくらいに、広い部屋。私はその広い部屋で、ソファに座ってうたた寝をしていたらしい。
「……いやいやいや、それはおかしいわね」
私は今現在、初音家主催の温泉旅行を終えたばかり。親友の梶代紀子と二人で、可愛いイトコである仁君の暮らしている寺野家にお邪魔しているはずなのだ。
寺野家の客間は常識的な広さであり、こんなに広くは無い。でも、だとしたらここは何処だろう? そう考えて、私はある可能性に気付いた。
――ははーん、これは夢ね?
見るからに中世風の内装は、AWO……【アナザーワールド・オンライン】に出て来そうな装いだ。その割にはテレビみたいなモノがあったり、天井の照明は蝋燭とかじゃなくて電灯っぽい感じ。
異世界ファンタジーの世界に転移したけど、現代日本で当たり前に存在する”あったら良いなと思う物を用意しておきました”みたいな感じ。うん、チグハグだわ。
ソファから立ち上がって、部屋の窓から景色を眺めてみる。そこには、見渡す限りの雲海が広がっていた。まるで、空の上にこの建物があるみたいだ。
視線を遠くから建物の周囲に向けてみると、そこには趣を感じさせる広大な庭園があった。そして、ちらほらと家……いや、屋敷? 邸宅? 日本でもそうそうお目に掛かれない、立派な建物が建てられている。
雲海に囲まれた、秘境? 隠れ里? 何それ、忍者っぽい。いやまぁ、建物は中世風だけどさ。現代日本にこんな景色があるならば、間違いなく広く広く知られるだろう。ツブヤイターやチックタックにアップロードされる事請け合いである。
現実的に考えて、こんな光景は存在し得ないだろう。となれば、これは恐らく私が見ている夢だ。
そう結論付けた、その時だった。私が居る部屋の扉が、ノックされたのである。
「失礼致します」
そんな言葉と同時に扉が開かれれば、そこには一人の女性が立っていた。その装いは侍女風のもので、奇を衒った感じの無い……そう、機能美溢れる正統派メイドさんだった。
しかし問題はそこではなく……彼女の耳は、明らかに人間のそれではなかった。正確には、耳があるべき場所に無い。代わりに頭部には、ウサギの耳がピョコンと存在している。
「お茶会の準備が整いましたので、お席へご案内させて頂きます」
……何かのクエストかしら? いや、頭がVRMMOに染まってるわね。
とりあえず、ウサ耳メイドさんは獣人みたいな種族だと思う。うん、こりゃあ夢だわ。
なら、付いていく方が良いんでしょうね。
「はい、お願いします」
「かしこまりました。僭越ながら、私が先導させて頂きます」
恭しく綺麗なお辞儀をしたウサ耳メイドさんが歩き出すので、私は遅れないようにその後を追う。
……
部屋もだったけど、廊下も綺麗な造りだった。ゴテゴテした感じの無い、落ち着いた上品な印象を受ける。質実剛健……と表現すれば良いかしら。過度な装飾を避けた、機能美重視。華美過ぎず、けれど質素では無い洗練された造りだわ。
ウサ耳メイドさんに付いていく事、数分。廊下の突き当りにある扉をメイドさんが開けば、そこには美しい庭園が広がっていた。青空から降り注ぐ日の光、穏やかな風、咲き誇る花。とても素敵な場所だと、目を奪われてしまった。
そんな私に声を掛けるのは、これまで案内してくれたウサ耳メイドさんではなく……見覚えのある、一人の女性だった。
「ようこそお越し下さいました、ミモリさん」
慈愛に満ちた視線を、私に向けて来るその女性は……あの人の、奥さんだった。
「……ケリィ、さん……?」
濃紺のロングヘアを風に靡かせて、ケリィさんは柔らかな微笑みを絶やさない。しかし、私は……うまく、笑えない。
「さぁ、どうぞこちらへ。皆さんも、待っていますから」
ケリィさんがそう告げて、視線を向けた先には……クロスを掛けられた、大きな円卓。そこに洋風のお菓子やら、ティーポットやティーカップやらが用意されている。
そして……なんていうか、何て言えば良いんだろう。ケリィさんの様に、柔らかな笑みを浮かべる女性達が待っていた。いや、誰だろうホント。しかも、うん。異様なという表現は失礼なんだろうけど、異様な集団だ。
気品に溢れた、青髪ロングヘアの美女。
愛らしさを感じさせる、銀髪のウサ耳美女。
金髪エルフ耳の、高貴そうな美女。
涼し気な表情の、銀髪赤目の美女。
おとなしめな感じの、黒髪美女。
天真爛漫といった感じの、赤髪の美女。
おっとりした感じの、茶髪の美女。
真面目そうな印象を受ける、金髪美女。
これまた品格を感じさせる、桃髪美女。
キリッとした目鼻立ちの、金髪美女。
何だか風格を感じさせる、藍色の髪のエルフ耳美女。
黒髪の美女さん以外、顔立ちは皆外国人っぽい。というか、ウサ耳やらエルフ耳やら……あれ、私のゲーム脳はこんな夢を見る程に極まっていたのかしら?
うん? あ、そうだ。これ夢だわ。うん、ならまぁいっか。もうどうにでもな~れ。
「え、えぇと……お招き、ありがとうございます?」
私がそう言うと、ケリィさんが「ふふっ」と笑う。
「済みません、突然でびっくりされたでしょう? こうでもしないと、ミモリさんとこうして全員でお話するのは難しかったでしょうし」
「??? あ、えぇと……ケリィさん以外は、初めましてですよね。私は……」
初めましての挨拶をしなくては。そう思ったのだが、ケリィさんがそれを手で制した。
「ミモリさん。全員、あなたとお会いした事がありますよ」
……あれ? どこで? 私ってば、こんな強烈なインパクトの持ち主達を忘れた? いや、それはない。私は物覚えは、それなりに良い方だ。こんな美女と会っていたら、絶対に忘れない自信がある。
「詳しい事は、これからお話します。ひとまず、よめかい……いえ、お茶会を始めましょうか」
……うん? ケリィさん? 今、何を言い掛けました?




