沈黙の時間
とあるバイト終わりの日。いつも通り玄関を開けると見慣れない靴が並んでいた。耳を澄ますと談笑が聞こえる。
来客か。にしても、この声どこかで聞いたことが。
暗い廊下を足音を殺し進む。緊張よりなぜか懐かしい気持ちになる。壁に背中を付け、そっとリビングを覗いた。
テーブルにコーヒーとクッキーが並べられている。滅多に使うことのないティーカップと皿。後ろ姿だけで両親のあからさまな気合いの入り方が伝わってくる。
両親の向かいに座る人物。その光景から逃げるように俺は廊下に体を引っ込めた。
見たのはほんの一瞬のはず。それでも焼きついた光景は消えない。
一流企業に勤める兄。その隣で少し緊張した表情で座る明日香。
会話の流れは知らない。だがリビングを満たす幸せな空気に全てを悟ってしまった。
後頭部を壁につけるように上を向き目を瞑る。そして静かに長く深い息を吐いた。
脳裏に映る明日香との思い出がウザい。いくら別のことを考えても次から次へと出てくる。これだから幼馴染は嫌いだ。この場所に生まれたくなかった。
理性で全てを押し込んでからリビングに顔を出す。恐らくそれらしい演技とそれらしい言葉で2人を祝福したのだろう。今となっては記憶に残っていない。