繰り返す疑惑
兄の背中を追うようにして有名大学に入学した俺たち。しばらくは夢のような生活が続いていた。
そのままいけば安泰が将来が待っていたんだろう。
しかし俺は次第に楽する道を選んだ。
地獄のような受験勉強が終わり、新しく始まる大学生活に心を躍らせていた。
大学、バイト、サークル。今までとは比べ物にならないほど人脈や行動範囲が広がり、自由に使える金や時間が増える。勉強から解放された俺が誘惑に染まりきるにはそう時間はかからなかった。
全部の授業に出る必要はない。誰かからノートを借りればテストを乗り切れる。4年の間に単位を取り切ればいい。
楽をすることを追求した先輩からの言葉を真に受けて遊び尽くす日々。金が無くなればバイトに入り、それでも足りなければ親にせびる。
『大丈夫、俺天才だから。この大学にも合格できたし』
問い詰められる度に使っていた誤魔化しも、次第に心が痛くなっていた。ふとした瞬間によぎる不安。それを塗り潰すように遊びに没頭する。幾重にも塗り潰された心は気付けばひび割れていた。
何度も俺に注意する明日香の言葉を無視して最低限の出席に最低の履修を続ける。最初は感じていた卒業ギリギリの生活へのスリルもなくなり、どうすることもできない現実だけが残った。
中退し大卒の切符がなくなった俺には未来を好きに選べる権利はない。悩んだ挙句バイトを掛け持ちし、謝罪代わりに給料の一部を家に入れる。
やっていることは自己満足。それが分かっているから心にいつも穴が空いたままだった。
お手本のような道を進む明日香と道を外れた俺。
人を好きになるのは自由と誰かが言っていた。たしかに『好きになるのは』自由なんだろう。だが、その先はどうだ。
結婚して幸せに満ちた生活が始まる。俺は稼ぎが少ないから共働きで生活していくんだろう。
共働きが出来る間はいい。だが、明日香にもしものことがあったら? 子供が産まれたとしても養っていけるのか。いつまでフリーターとして働けるのか。
幸せな光景を食い荒らすほどの不安が頭の中を埋め尽くす。
想いを寄せる俺にもう1人の俺が何度も尋ねてくる。
「お前なんかが好きになっていいのか」と。
俺じゃ明日香を幸せに出来ない。本当は分かっている。しかし止められないこの気持ちも本当だ。
最初からこの場所に生まれなければよかった。ただの知り合いなら憧れで済んでいたのに。
「……いいのかな」
隣から小さな呟きが聞こえた。
ちらっと横を見ると少し俯いたまま微笑む姿が見えた。
口元は笑っている。しかし呆然と一点を見つめる目はどこか悲しげだった。
「憧れだった人の『お嫁さん』って言う特等席。そんな世界にたった1つしかない所に私が座っていいのかなって……」
嘘偽りのない彼女の本音。曲が終わり次の曲に移る一瞬の静寂がとても長く感じる。
「ごめん、私らしくないよね! ヤバっ、今更路線変えるのかー」
車内に流れる微妙な空気に気付き、すぐに明るい笑い声で誤魔化す。それでも一度開けてしまった感情は止まることはなかった。
「でもさ、割と真面目に思ってるんだよ。私よりピッタリな人がいるんじゃないか。何かあった時、お嫁さんとして支えてあげられるのか。いつまで理想のお嫁さんとして頑張れるのか。まだまだあるし、思いつくたびに感じるんだ。私なんかでよかったのかって」
「……」
「いやー、ごめんねー。あと5分くらいで着くのに。いきなりどうしたんだって話だよねー」
「……いや。その気持ち分かる」
「えー、本当? 無理してない?」
「ああ。痛いほど分かる」
愛する人に幸せになってほしい。その気持ちが強ければ強いほど不安になる。
だから何度も尋ねる。『自分でいいのかと』
自分で選んだ道なのに正解なのか自分では分からない。その場しのぎで自分に言い聞かせても、すぐに不安は生まれてくる。
素直に肯定してあげれば少しは不安もマシになるんだろう。ただ、その言葉をかけるのは俺ではない。
なぜなら、俺は選ばれた人ではないのだから。