いつも通りへの期待
よく知った道をすすむ。子供の頃は王国のように感じていたこの町も大人になると、小さな町に変わる。
さっき通り過ぎた子供たちぐらいの頃から明日香とは面識があった。暇さえあれば外に出て遊ぶ日々。今走る何気ない道ですら思い出が詰まっているのに、車窓から見える一瞬では感情に浸ることすら出来ない。
もっと時間があれば。
いろいろ話したい気持ちを押し殺して、アクセルを強く踏んだ。
右折左折を繰り返し大通りに出る。急ぐ気持ちと裏腹に車の進みは悪い。LANEでついた嘘もあながち間違いにはならなそうだ。焦らなければいけないのに、どこか安心する自分がいる。
「あ、お腹すいた」
「え?」
「ほら、あそこにコンビニあるじゃん」
プレイリストの曲を楽しんでいた明日香が急に前方指差す。指差す先にはアイスが描かれた幟が立っていた。
遅刻確定の明日香に寄り道をしている暇なんてない。それでも本能を貫くのが俺の幼馴染だ。
「状況分かってる?」
「いいじゃん。生命活動の維持には欠かせない行為だよ」
「ただの買い食いだろうが。ウエディングドレス着られなくなっても知らないからな」
「あー、それは困る。あれマジで綺麗だったでしょ? 優次電話の向こうで泣いてたもんね」
「泣いてねえし。勝手に話作んな」
「でも早く見せたいなー。どんな反応してくれるんだろう」
ニシシと聞き慣れた笑い声がする。
コンビニを通り過ぎることは出来た。しかし一瞬見えた照れた横顔に胸が締め付けられる。
自慢したい時。勝ち誇った時。照れ隠しをする時。強がっている時。仲直りした時。励ましてくれている時。決まって明日香はこう笑う。
目を閉じていても簡単に想像できる。それ程までに明日香との日々が俺の中に深く刻み込まれていた。
「ん? 優次、今の右じゃない?」
「え、マジ⁈ うわっ! ミスった!」
「おいおい、頼むよー。浮かれる気持ちは分かるけどさー」
道を間違えた俺を明日香が楽しそうにからかう。
まずい。意識が完全にどこかにいっていた。今運転中だ。ただでさえ遅れているのにこれ以上トラブルで遅れたくない。
それに結婚式当日に事故起こすなんて、そんな笑えないことしたくは無い。
気合を入れるように深呼吸をする。
すると、忘れかけていた。ラベンダーの香りが鼻先をかすめる。
「そういえば、この辺りの式場にしたんだな。てっきりラベンダーが見える場所でやると思ってた」
「あー、富良野とかねー。そこでやりたかったってのは正直ある。でも遠いじゃん? 親とかに無理させたくないなーって。友達もこっちの方が集まりやすいでしょ?」
「たしかにそうだけど」
「というわけで明日香ちゃんの夢は叶いませんでしたー。残念!」
「次は――」
慌てて口をつぐむ。しかし、一度出てしまった言葉は戻らない。誤魔化す余裕もなく、ただ黙り込むことしか出来なかった。
絶対に言ってはいけない言葉だった。普段の俺なら頭に浮かんでも口にすることはなかったのに。
明日香なりに悩んで悩み抜いて出した答えのはず。その答えに俺が文句を言う資格はない。それに次の式の話なんて――
「……うん、2回式を挙げるのもいいね! じゃあ次の挙式は富良野に決定! 式代全部、優次の奢りねー。よし、300万くらいの儲けかな? ラッキー!」
「え、ちょっ! え? 待って⁈ 俺が奢るの⁈」
「全部冗談だってー。お主もまだまだじゃのー。それより事故んなよ。世界で1番可愛い花嫁乗せてるんだから」
分かりやすく運転が乱れる俺を明日香はニシシと笑う。
ちょっとした冗談を俺が本気にして、それをからかわれて、たくさん笑って、たまに喧嘩して、お互い謝って、また笑って。
いつからだろう。そんな当たり前をずっと続けていきたいと思うようになっていた。