大事にしたい
隣国を巻き込んでの事件である。未遂で終わったからと内々で甘い処分を下せば外交問題どころではない。戦争の口実、戦争にならなくても国際社会での信用は失墜する。
隣国の王と宰相である公爵が来ているのは、娘が狙われたというだけではなく、どういう処分を下すか確かめるためだろう。
「……ライアン」
「……はい」
ぐっ、と国王の喉が詰まった。
「お前には毒杯を与える」
「……はい」
母が悲鳴を吞み込むのを見ていられず、ライアンは目を伏せた。母は王妃だ。王族の責任の取り方はわかっている。
「廃嫡も、除籍もせぬ。……わたしも罪を背負おう」
第二王子として死ねる。さすがに廟堂に名を連ねることはできないが、王墓に入ることは許されたのだ。
罪人の第二王子を除籍しないままでは父の治世に消えない汚点を残すことになる。なのに、父は忘れないと言ってくれた。罪の一端を背負うと言ってくれた。
母の啜り泣きが聞こえる。
愛されていた。ライアンはそれを今、思い知った。父に、母に。そして兄にも。今さらわかってしまった。
遅い、とライアンは思わなかった。それを知ることができて良かった。
「ありがとうございます……」
ライアンが粛々と毒杯を受け入れたのを見て、側近たちが泣き喚きはじめた。
「いやだっ。わたしは、わたしはどうなるんですっ!?」
「ライアン殿下に従っただけですよっ!?」
「俺は悪くないでしょう! 命令だったんです!!」
「助けてください父上ぇっ!」
あまりにも醜い彼らを一喝したのはイーサンだった。
「黙れっ」
側近たちの親は見ていられないのか目をそらしている。
「側近でありながら主君を諫めず、道を誤らせた謀反人! 命令をただ実行するだけなら子供にもできる! 側近ならば命を懸けてでも主を助けるものであろう、恥を知れ!!」
長年ライアンの傍にいたくせに接し方すら学ぼうとしなかった彼らをイーサンは許せなかった。自分の側近を見ているからなおさらだ。
国王が失望の眼差しを彼らに向け、冷えた声で告げる。
「ライアンの側近共は爵位の剥奪。領地並びに財産の没収、そののち斬首とする。親族は二階級の降格。財産の三割を国庫に返納せよ」
この国の斬首はギロチンではなく首切り役人による斧である。斬首を命じられるのは国王のみであり、王侯貴族を殺害した貴族のための処刑法であった。
「陛下、発言をお許しください」
側近の親が頭を下げた。
何を言うのか察している国王が鷹揚にうなずいた。
「許す」
「ありがとうございます。……当家の処分として、この者を廃嫡といたします」
我が家も、当家も、と親たちが続いた。
廃嫡されれば貴族ではなく、平民として受刑されることになる。当然だが貴族と平民では刑が異なる。平民が王侯貴族を、となると見せしめの意味を込めてそれはもう惨たらしいものになるのだ。
「良いのか? 平民となれば七日間の石打ちと引き廻し、今回は被害者であるゾーイ姫の国に引き渡すことになる」
「我が国では磔だな。罪状の告知をされるから昼間は民衆に罵倒され石を投げられ、夜中に被害者側に殺されることが多い。まあ、わざと放置して虫や鼠に食われるのを眺める、ということもあるが」
二人の王が念のため確認をとる。なおこの国では石打ち、引き廻しののち被害者の家に身柄が移される。貴族は各家の刑罰を持つ家が多く、私刑にかけるのだ。
「かまいません。イーサン殿下のおっしゃる通り、主が間違った道を進むのを、たとえ命を懸けてもお諫めするのが側近の務め。唯々諾々と従うようでは奴隷と変わりありません」
「さよう。そのような腑抜けは我が家の男子とは認めません」
「ライアン殿下の命令に逆らえなかったのならば、なぜ実行する前にわたしたちに相談しなかった。我が家から陛下に注進することもできたのだぞ」
「忠義と妄信をはき違えるような男はわたしの息子ではない」
たとえ口止めされていたとしても明らかに犯罪であり、露呈すればどれほどの国難を招くのか、わからなかったとは言わせない。彼らが親を信じないというのであれば、親も我が子とは思わない。それだけの話だ。
泣き叫ぶ側近と静かに頭を下げたライアンが衛兵に連行されると、イーサンとゾーイの話になった。
「ゾーイ姫。こんな形になって誠に遺憾だが、どうかわたしの妃になってください」
ライアンの背を、目を赤くして見つめていたイーサンがゾーイに言った。
「……本当に、残念ですわ」
「すまない。もっとちゃんと求婚したかったが……」
ほぼ調っていたのだ。あとは二人が気持ちを確認しあい、残すは調印だけのところでライアンが暴走した。
すねるゾーイに恐縮するイーサンを、ゾーイの父二人は微笑ましげに見た。
「イーサン様は、わたくしでよろしいの? ご存じでしょう? わたくし、けっこう気が強いですわよ」
「そこが良いんだ」
間髪を容れずにイーサンが答えた。咄嗟の本音だったのか、あっ、と言ったイーサンは初心な少年らしく真っ赤になっている。
「え……」
「その、だから。ちょっと気が強いところとか、我慢強くて意地っ張りなところとか……いじらしくて……可愛いよ」
「ま、まあ……」
隣国の国王は『小僧、わかっているな』とばかりにうなずいて顎を撫で、実父の公爵は娘の良さによくぞ気づいたと目元を拭った。
突然の甘酸っぱい雰囲気にジェイコブがさりげなくアメリアの肩を抱く。
「イーサン殿下、ゾーイをよろしく頼む。この国にいづらくなったらいつでも来るがよい。我が国は貴殿を歓迎する」
「ありがとうございます。ゾーイ姫の愛する国ならばわたしにとっても愛すべき国。末永く、共に」
「ああ。共に」
こうしてイーサンとアメリアの約束は果たされた。
アメリアは、自分には見せなかった男の顔、愛の言葉をゾーイに捧げるイーサンを見て、はじまらなかった恋の終わりを静かに受け入れる。イーサンは最良の理解者であり親友、ゾーイはそんな男を射止めた大事な友人。それで良い。これで良いのだ。