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大事なこと



 四阿には少女たちの茶会にふさわしい軽食と菓子が用意されていた。料理人が腕の見せ所とばかりに張り切って作った、見た目も愛らしいものばかりだ。

 ライアンもイーサンも菓子は得意分野ではないが、アメリアの感想を聞いて褒めたたえるのでイーサン付きの料理人はことさら腕が良い。イーサンが同席している場合はちょっとした表情の変化まで教えるため、アメリアとゾーイの好物を把握しているのだ。二人の婚約者の茶会は褒美の意味合いもあるため茶も菓子も二人の好むものが用意される。

 それを見ただけでライアンが割り込んだとわかるが、指摘する者はいなかった。なお、ライアン付きの料理人が出すのは決められた宮廷料理だけである。それが一番無難だからだ。

 そういった細かな、しかし日常に根付いた気づかいにライアンが気づくことも感謝することもなかった。


「いつもはどんな話をしているんだ?」


 女のくだらないおしゃべりがはじまる前に、ライアンが口を開いた。


「どんな……文化交流でしょうか」

「そうですわね。隣国とはいえ妃教育にいろいろな違いがあって驚きました」


 とても上品な表現だが、ようするに愚痴である。

 内心で笑いながらライアンがさらに続ける。


「違いといえばイーサンとアメリア嬢の関係は驚いただろう」

「それは、驚きました」


 誰が聞いても驚く。

 ゾーイは紅茶を一口飲むと、手元にあった扇子を広げた。


「イーサンには困ったものだ。陛下も頭を悩ませていることだろう。そちらの国が不快に思わなければ良いのだが」


 ゾーイは広げた扇子で口元を隠した。


 この国でも令嬢から夫人に至るまで扇子を持ち歩いているが、表情を隠すのには使わない。ファッションの一部だ。

 昔は淑女たるものそう簡単に表情を読ませてはならないのが常識であった。ごく親しい者のみに素の表情は見せるものだとされていた。


 しかし時代が変わり自然主義、平等主義が唱えられるようになると表情を意思でコントロールするのは不自然だといわれるようになったのだ。わかりやすくいうと、こんな疲れることやってられない、となったのである。


 ゾーイが不快を示したことに気づいたアメリアはひやりとした。


 ライアンは知らなかったのか気にしないのか、単に無神経なのか、いかにも困ったように続ける。


「女の心ひとつ掴んでおけないのか、最近は陛下に泣きついている始末だとか……まあここまでアメリア嬢を引っ張っておいて、次の婚約者探しは難航するだろうな」


 兄を心配していると見せかけて貶めている。ゾーイは扇子から覗く目を細めた。


「第一王子との婚約となればいたしかたありません。王妃の素質を持つ令嬢はそうはおりませんし……。今から教育してもアメリア嬢を超えられるとは思えません。我が国との関係もありましょう」

「……は? 王妃?」


 誰のことだ、とライアンは一瞬虚を衝かれた。兄の話をしていたはずである。


「我が国は男女問わず、長子が後を継ぎます。わたくし、そのつもりでこちらに参りましたわ」


 この国でも基本は長子相続だが、男子、そして正妻の子が優先される。


 文化が違うのだ。


 婚約者の国のことを学んでいたはずのライアンは、どうせゾーイは嫁いでくる身だ、従うのはゾーイだと思い込んでいた。

 第一王子の婚約者が不在になれば隣国がどう出るか、まったく考えていなかったのだ。


 ある意味宣戦布告ともとれるゾーイの発言に驚いたのはライアンだけではなかった。アメリアもだ。


 ゾーイは何かと気にかけてくれるイーサンをかばっただけ。友情だ。そう思おうとしても、理性より嫌悪が先立った。


 わたくしのイーサン様をとらないで。


 まぎれもない嫉妬が体の芯からアメリアを貫いた。そんな自分に動揺する。

 愛しているのはジェイコブだ。アメリアははじめて会ったあの日、そうイーサンに訴えた。大事にすると誓ったイーサンの言葉を逆手に取り、婚約の解消を約束させた。

 父が、母が、周囲の大人たちが子供の言うことだと侮れば侮るほど、アメリアの心はかたくなになり、イーサンにもジェイコブにも何度も念を押したほど。

 ジェイコブしかいない、と思い込み、そのためにイーサンが尽力してくれているというのに。今、アメリアはイーサンと結婚する可能性をほのめかしたゾーイにはっきりと嫉妬したのだ。


 恋ではないかもしれない。けれど、いつも自分のそばにいて自分のことを理解してくれる男が自分から離れていくことを、アメリアは想像もしなかった。


 なんという身勝手。アメリアはその動揺を呑み込んだ。


 ライアンは、そんなアメリアを見逃さなかった。

 ただし、それが嫉妬であるとは思っていない。


 アメリアがジェイコブとどういう形であれ結ばれるには、イーサンと結婚するのが一番手っ取り早いのだ。公的愛人うんぬんはともかくイーサンが側妃を娶り、側妃に子を産ませ、そののちアメリアをジェイコブに下賜する。時間をかけてジェイコブを昇進させ婚約解消にもちこむよりよほど現実的である。


 だがここへきて別の目が出てきた。そもそもイーサンがいなくなれば、ライアンが王太子になりいずれは国王に、ゾーイも王妃になれる。アメリアも何の憂いなく愛するジェイコブと結婚できるだろう。イーサンさえいなくなればすべてが丸く収まるのだ。


 ライアンは策を練ることにした。



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