6-1. ……あっ、えっ⁉︎
「な、なんだよ」
「仮面が取れかかってる……?」
「は?」
今度はカルがユニハをまじまじと見つめた。
「なんだよ、それ。どういう事だ?」
カルの質問にユニハは考えつつ、という感じで答える。
「仮面の呪いがほどけかけてます。何ででしょうか」
「取れるのか?」
カルは慎重に聞く。
「どうでしょう。まだまだ複雑に絡まっているので……」
そういうものなのか。
「難しいのね……」
私が呟いた言葉に反応したのはユニハだった。彼は今度は私を見つめてきた。
気後れしてしまう。何なんだろう。そんなに変な事言ったかな。
「ああ、そうか。貴方でしたか」
「はい?」
「貴方の存在が多分、変化のきっかけです。ああ、そうなんだなあ……」
ユニハは独言に呟く。
良くわからない。何もしてないと思うのだけれど?
「あの、何もしてないのですけど……」
カルが私の言葉を遮って勢いよく言った。
「取れるなら取ってくれ! 一生このままは流石に嫌だぞ」
ユニハの回答は歯切れが悪い。
「うーん、できるかどうかはやってみないと何とも」
「いいから、それでも。死ぬ危険がないなら試してくれ」
「……そうですね、試してみますか。なかなか無い機会ですし」
そう言うと、準備するのでと言ってユニハは席を立った。カルは難しい顔で、というか、たぶんそんな感じで、座っている。
ユニハは母屋からいくつか物を運んで行き来していた。「外の方が良い風が来るので」とよくわからない説明をしてくれながら。
そして、いくつかの物を運び終わった所で私に言った。
「すみませんが姫君、貴女の美しい髪をお分け頂くことできますか?」
「髪ですか? 私の?」
「はい、お願い致します」
私の赤がかった金髪が綺麗だと自分では思ったことはない、けど。まあ、いるなら別に……。
「すまない。悪いが分けてくれ」
カルまで真面目な声で頼んでくる。
「いいわよ? お役に立つならいくらでも」
本当に役に立つのか半信半疑ながらも、私はユニハからナイフを受け取ると、自分の後ろ髪を束ねてざっくりと切った。
「うわああ!!」
「なによ、いきなり」
カルがいきなり叫んだので私は驚いた。
「おまえ、何してんだ」
「なにって……、何言ってるの? あなたが今、髪を欲しいって言ったから切ったんでしょ?」
どうかしちゃったのかしら、この人。
切った髪をテーブルにおきながら私は呆れて彼を見た。
「言ったけどさ、そうじゃなくて何でばっさり切ってるんだよ」
「 どういうこと?」
「こんなものに使うなんて二・三本もあれば十分だろう」
「え?」
私はユニハを見た。彼は困ったように私を見返した。その表情でカルの言ったことが正しいのがわかる。
でもまあ、それならそれで捨ててもらえれば……と思うのだけれど。そんなに大騒ぎすることかしら?
首を傾げている私にカルが呆れたように続ける。
「お前さ、自分が何しにこの国に来たかわかってるよな?」
「失礼ね。わかってるに決まってます、今さっきその話をしてたのに」
だいだい、いい加減お前呼ばわりはやめればいいのに。
「結婚式は五日後の予定だ、どうするんだ? 逃げるつもりはないんだろう?」
カルが聞いてきた。日にちの話は聞いている。どうするって何が?
「明日には着いているんでしょ? 私は役目を果たします。私の気持ちはともかく、逃げはしないわ。それに陛下なら……。そういえば陛下の仮面はどうなのかしら? あなたが成功すればあの方のもとれるのかしら?」
私がその場合もお役に立てるのかな? あ、だとしたら髪の毛少し持って行ったほうが? え? そういう事?
「あいつの心配をする前に自分の心配をしたらいいと思うね」
なぜか少々むっとした声でカルは続ける。いろいろと話が見えません。こっちがむっとしてきちゃうわ。
私が面白くない顔をしていたのだろう、カルはやはり面白くなさそうな声で、わざとらしく噛んで含めたように話した。
「いいか、結婚式は七日後だ。あんたはそこで国を背負って花嫁になるわけだよ」
「そうね」
「相手はうちの王様だ」
「?」
「つまり立場と立場の婚姻だ。本人がどうだろうが関係ない」
「わかっているわよ」
小さい子供ではない。結婚に夢を見れる立場でもない。わかっているのに、何を言ってるの?
「わかってないなあ。俺は綺麗な女が好きだ。なんでかわかるか?」
「あなたの好みなんてどうでも……」
「俺の好みの話じゃない。綺麗な女は見せびらかすのに都合がいいからだ」
私は本格的に面白くなかった。別にね、彼はおかしなことは言ってはいないとは思うわよ、でもね。
「見かけの賞賛なんて、それこそ力に物言わせれば……、……あ」
…………わかった。もしかして失敗した、わね、私。
「わああ……」
小さく声が漏れた。どうしよう。
「やっと気づいたかよ」
カルの呆れたような声も、もうどうでも良かった。やってしまった。そうだ、花嫁ということは花嫁衣裳を着て着飾らなければならない。王と隣国の王族の結婚式は示威行為の場だ。権力が頑強でない王ならばなおさら。
そしてだからこそ、花嫁は美しくなくてはならない。素の顔はこの際ともかく、着飾って力と華を見せつけなくては。今回はそういう結婚だ。いくら陛下が素敵だろうと、牧歌的なものではない。
それでもって、えっと、この地方では、女性の美しさの基準の一つに長く美しい髪を持っていること、がある。そしてそれを美しく結い上げていることがこの国の儀礼の場では重要だったはず。
つまり、私は髪を結い上げなくてはならないわけで、でも……。
私は自分の髪を見た。肩下でバッサリとなくなっていた。
「ずっと誰とも会わなかったし、あまり長い髪が好きではなかったし……」
「知るかよ」
……ですよね。
「どうしよう」
「知るか。修道女になるわけでもないのに髪切る女なんて初めて見たわ」
「だってだって……」
修道女なんかよりよっぽど禁欲的な生活を……って、関係ないか、この場合。
「どうしよう! あなた、何とかして!」
「あなたはやめろ。それに髪をはやす魔法なんてないぞ! あったら世の中の男どもがどれほど……」
「そんなことは言ってないわよ! いいから髪が短くても結い上げられる腕のいい人を探してよ!」
無茶はわかっているけど、これしか思いつかない。ああ、ごめんなさい、陛下。
「あ~? なんだそれ。そんなの俺のやることじゃねえぞ!」
「わかってるけど他にいないし。王の側近でしょ、それぐらいしなさい!」
「なんでお前の尻拭いを俺が! それにいきなり命令口調になるな!」
「尻拭いって言うなら、そもそもあなたが……!」
そこまで言った時、ユニハのゆったりとした落ち着いた声が割って入った。
「とりあえず準備できたので初めてもいいですか? 使わない髪の房は頂いていいでしょうか。私としてはありがたい贈り物です。良い魔法素材ですから」
「え……はい。そんなのでよろしければ」
「……おう、そうだった、まずは仮面だな……」
二人とも気がそがれて力なく返事する。
でもそうね、今夜はまずは仮面ね。……本当に取れるのかしら?