5-2.
ある時、作物が壊滅的に取れない年が続いた。おまけに近隣諸国との諍いが絶えず、帝国は横暴を極め、国は疲弊した。
人心は国王の元から離れ、不穏な空気が国を覆う一方、強い原点回帰を求める声が上がり始めた。初代の王への強い憧憬である。それは弱体化した王家と、帝国がもたらした宗教である教会勢を揺るがした。
そんな時、一人の特別に強い力を持った少女がいるのがわかった。血が辿り着けないくらい時代がたっていたが、間違いなくあの魔法使いの力を受け継ぐ者だった。
あまりの力のため普通には過ごせなかったその娘を、王は城に招き住まわせた。初めの力を受け継ぐ、この国を守り祝福する乙女として。魔力に背を向ける教会も、本来なら反対すべき所を反発を恐れて受け入れた。
人々はその一人の少女に救いを見出したのである。
翌年、偶然にも豊作となり、他国との戦いも回避され、結果、王家も教会も持ち直してむしろその権力は堅固になった。
それ以来、城には聖乙女と呼ばれる少女がいるようになった。紆余曲折を経て、現在では7歳の少女が選ばれる。時は経ち、血は薄れ、実際に何かしらの力を持つ者などほぼいなかったが、それでも彼女達は国を守り祝福する存在として城に居続け、人々に愛され尊敬され続けた。
私の母はそんな存在だったのである。
でも、私は、違う。
私は王の子でもあるのだ。
ただ単に庶子という事なら、どうってことはない。そして元聖乙女の娘というだけなら問題はない。聖乙女達は17歳でその役目を終えると、大概は普通の女としての人生を送るのだから。
でも、私は……。
「姫君?」
ユニハの声にハッと我に返った。
「あ、すみません。なんでもないです」
お茶を一口飲んで気を取り直す。
「……もう一杯いかがですか?」
ユニハが優しく聞いてくれた。
「ありがとうございます。でも、もう十分いただ……」
「あ、いた! ここかよ!」
いきなり暗がりから明るい声がした。
驚いて見ると、カルがやって来るところだった。
「気づくといないんだもんな、びっくりさせるなよ」
そう言って、私の横の椅子に座る。
「何? こんな夜中に逃げたとでも思ったの?」
いきなり現状に引き戻されて、私は少々尖った声で彼に問う。
「そういうわけじゃない」
「あなた、なんであそこで寝てたのよ」
「何でって……」
「どこにいたんですか、カル」
ユニハが聞きなれない冷めた声で問う。
「あー、もう、いいだろ! 一応、あんたを守るのも俺の役割なの、わかるか?」
カルは怒ったように言った。
なんで、あなたが怒るのよ。でも、本当に護衛してくれる気でいたのなら、ありがたい事ではある。最もその割には熟睡してたけど。
カルは不満気なまま、ユニハにお茶をくれと言い、「やれやれ」と小さく呟きながらユニハがお茶を入れている。
何だかいちいち偉そうなんだよね。いいのかしら。
「で?」
お茶を啜りながらカルが私に言った。
「え? 何?」
「ユニハからなんか面白い話でも聞けたか?」
面白い?
「いいえ、えっと……」
「じゃあ、夜中に起きて何してるんだ? ユニハはこう見えて結構重要人物だぞ。いろいろ気晴らしになるネタも持ってるのに」
面白いというか、私にとって意味のある事を教えてはもらったけど……。
「待って。ねえ、ユニハとあなたの関係がよくわからないのだけど」
「それ、重要?」
「隠す必要があるなら重要なのかもね」
「じゃあ、たいした事ないな」
「私と彼は親戚筋にあたるのですよ」
半ば喧嘩ごしの私たちの会話に、ユニハがみかねたのか割って入った。
「親戚、ですか?」
「ええ。彼の母親が私たちの一族の者だったんですよ」
過去形になっている事が、その女性が存命でないことを窺わせた。
でも、そうすると、カルもウーヴェルの民の一人ということなの? なんだか、イメージが……。
「ありがたみない……」
つい、ボソっと言ってしまう。
「何か言ったか?」
「いえ? 気のせい?」
「言うな、お前」
それを言うなら、お前って言わないでって言いたいんだけど。
「親戚と言ってもカルは一族の中で育った時期は短いので、まあ、ちょっと違うのですがね」
ユニハが補足する。
そうよね、と思う。似てる雰囲気がない。ユニハの雰囲気は母を思い出させるものがある。温かくて不思議な感じ。でもカルは全く違う。むしろ……。
そう、むしろ仮面越しとはいえ、陛下の方が似た雰囲気を感じた。
「仲間外れにすんなよ。結構、ここにいたぞ。だいたいユニハ、お前が俺の最初の師なんだからな」
そうか、師。それならまだしっくりくる。
「そうなんだ」
「そうそう。呼ばれて城に行くまでな。俺とあいつ……陛下と」
「へえ……大変だったでしょうね」
「何がだよ」
「大変だったですよ」
「だから、何がだよ! だいたい何で意気投合してるんだよ」
いや、意気投合っていうか。
「良い思い出ですよ。無茶されましたが、思い出としては素晴らしい」
ユニハの言葉に、私は思わず笑ってしまった。
「……言ってろ」
カルはユニハに不機嫌な声で言ってそっぽを向く。
が、不意に力を抜いた、笑いを含んだ声で言った。
「まあ、いいさ。いつかそのうち、俺に教える事ができて良かったと思わせてやる」
「それは、もう、今でも思っていますよ。心から幸運だったと思っています」
ユニハは穏やかに微笑んだ。
そんなユニハを見つつ、カルは腕を上げて体を伸ばすと立ち上がった。
「特に話もないなら、もう寝よ。明日もあるし」
私もつられて立ち上がりながら、なんとなく勢いで聞いてしまった。
「ねえ、ユニハが母の事まで知っているという事は陛下も当然いろいろご存知よね?」
「いろいろって?」
「つまり……私の事」
「とりあえず調べてはいるし?」
と、カルは変わらない声で言う。
「それに、そもそもあんたの事は昔から聞いてるしな、マティアスから」
兄様から……って、良い想像はできないわね。
「……なぜ、それでこの婚姻を進めたのかしら。実は城についたら嘘とかないわよねえ」
自分で言いつつおかしな事を、と思う。でもからかっただけと言われたら、むしろ信じる。
「何のためだよ。そんなに暇じゃねえぞ」
カルは眉をひそめて……かは、わからないが、そんな風に言った。
「そうよね……」
「なーんか心配性だよな、お前」
「だから、お前って言うのは……」
「カル、あまり失礼な態度は改めなさい」
私が文句を言い終わる前にユニハが言った。カルは軽く肩をすくめたように見えた。
「姫君もそんなに心配しなくても大丈夫ですよ。ここはあなたの国とは違う国です。あなたの国ほど信心深くもない。私たち一族がその証拠です。結構、自由にやっていますよ」
本当にそうだろうか?
「私が……王の花嫁が、忌み子でもですか?」
「ええ」
ユニハはにっこりと笑った。
「どうでもいいし」
カルが横で呟いた。