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5-1. なんで……?

 あーあ。

 ため息が出ちゃう。

 眠れない……。

 だいたい、なんでこの人ここにいるのよ……。

 

 横のベッドから寝息が聞こえてくる。カルだった。

 食後に来た時はユニハが部屋から引っ張り出してくれて、おかげで一人でゆっくりと眠りについたのに、夜中にふと目を覚ますと何故だか隣のベッドで寝ていたのだ。


 なんなのよ、もう……。


 おまけに疲れて眠いはずなのに眠れなくなってしまった。今は平気だけれど、このままだと明日が辛くなるだろう。

 だから頑張って眠ろうとしているのに眠れない。

そこにカルの穏やかな寝息が聞こえてくるとますます眠れない。

 起こしてやろうか、とも思ったが、やめておいた。

 彼だって疲れていないわけがないのだ。一日中、私の面倒をみながら歩き続けたのだから。


 私はとりあえず起き出す事にした。何か飲み物でもいただければ、気分も変わって眠れるかもしれない。

 角灯を手に、カルを起こさないようなるべく静かに部屋を出た。


 台所はきちんと片付けられていて、灯りもなく静かだった。

 お水か何かないかと見渡した時、視界の端に灯りが見えた気がした。


 窓の外からだ。


 不思議に思って目を向けてみたが、ただ真っ暗な窓があるばかりだ。

 私はちょっと躊躇したが、思い切って外に出てみる事にした。

 この、居心地はいいがなんだかおかしな家の事だ。見たままが正解とは限らない。


 外はひんやりとしていて、上着の首元を押さえる。ただ予想した通り、深夜の森の中なのに何故かぼんやりと明るくて、歩くのには困らなかった。

 空には満月手前の月が輝いている。月あかりに照らし出される木々の葉が風にざわっと揺れる。

 夜の中、怖さと同時に奇妙な安心感を抱く。家の角を回り込むと、今いる所より少し森の中に入った所に大きな、しかし、やはりぼんやりとした光があった。


 私はそちらに足を向けた。


 近づいてみると小さな東屋があり、そこが柔らかい光に覆われていた。そして、その中心にはユニハがいた。彼自身も光に包まれているかのように。

 私はドキドキした。来てよかったのだろうか。


「ああ、姫君。眠れないのですか?」


 私の心配をよそに、ユニハは変わらず穏やかな声で話しかけてくれた。


「ええ、目が覚めてしまって。……その、灯りが見えた気がしたものだから。ごめんなさい、来てはいけなかったかしら」

「そんな事は少しも」


 そうユニハは微笑みながら言うと、そこにあった椅子に腰掛けるよう促してくれた。

 東屋の中には丸いテーブルと三脚の椅子が置いてあり、テーブルの上には金属製の器などがいくつか並んでいる。

 私は椅子に腰掛ける。ユニハが机上にあったお茶を注いで勧めてくれた。


 まだ温かいそれは、ほっとさせる草の香りがした。


「ここは不思議な所ですね」


 私の言葉にユニハは微笑んだ。

 私はお茶を一口飲む。さわさわと葉が揺れる音がする。


「……なんで私を姫と呼ぶのですか?」

「隣国の姫君ですから」


 やっぱり知っているのだ。

 私は改めてユニハを見る。ハシバミ色の髪をした不思議な人。


「あなたを見ていると何もかも知られている気になります」

「そうですか? そんな事はないですよ」

「……私、初めてお会いしました。ウーヴェルの民と呼ばれる方に」


 ユニハが微笑みはより深くなった気がした。


 ウーヴェルの民。この国の森の奥深くに住んでいるといわれる人達。

 初めの王がもたらした魔法の力の秘技をまだ受け継いでいると言われる人々。

 この国で強い畏敬の念を受けている人達。


 ……でも何でカルみたいのが知り合いなんだ?

 あ、そうか。忘れる所だったけど、彼も王家に連なる者だった。彼らウーヴェルの民と王家は繋がりが深いと聞いている。


「別に私達は何ができると言うわけではないのですよ、今となってはね。ただ、他の方々が関心のないいくつかの事を代々受け継いで知っている、というだけなのです」


 代々受け継いでいる、他者が持っていない知識の集成の価値をわかる人間は限られる。だからこそ、その価値は計り知れない。


「それにしても、よくわかりましたね」

「何がですか?」

「私がウーヴェルの民と呼ばれる一族の者であると」

「この家といい、場所といい、貴方といい……、わかりますけど」

「姫君はよく学んでいらっしゃる」


 その微笑みが肯定なのか、軽んじられた故なのかわからないが、ユニハは優しく言葉を続ける。


「そのお茶、心をやわらげる効能があります。この家だと落ち着かないかもしれませんが、少しは眠れるといいのですが」

「ありがとうございます。落ち着かないなんて事はありません。ただ何ででしょう……」


 何でかな?


「この場所は合う合わないがあるのですよ」

「私は好きです。今晩、野宿じゃなくなったからではなく」


 ユニハは楽しそうに笑った。


「では、こちらに住まわれますか?」

「えっ⁈」

 

 何を急に?

 

「……いえ、一応、結婚する予定がありまして……」

 

 何言ってるの、私ったら。答え方の拙さに恥ずかしくなる。

 

「あの、すみません、無理です……。残念ですが」

「確かに、残念ですね」ユニハは笑う。「でも、本当にここが気に入って住みたいのなら、出来ない事もないですよ、城に着く前の今なら」


 最後は笑っていなかった。本気だ、と思った。

 私は変わらず穏やかなユニハを見て、それから周りを見渡した。ここから見る森は美しく、風は優しかった。お茶は温かく心身を癒やしてくれる。

 全てが穏やかで私を攻撃するものは何もなかった。森に囲まれた優しい場所。


「……素敵な所です。でも、ここには留まれません……」

「国を背負っているから?」


 私は息を深く吸った。この静かな暗闇には、この美しさには、この芳しさには、きっとこの先二度と出会えない。


「……いいえ。私自身のために」

「……お茶をもう一杯いかがですか?」


 ユニハの声はどこまでも優しく、そしてどこか楽しげだった。


「あなたは母君と同じ事を言われるのに、理由が違うのですね」


 え……⁈


 ユニハがお茶を入れてくれながらさりげなく言った言葉に、私は驚愕した。


「母を知っているのですか⁈」

「一度だけお会いしました。そこに同じように座っていらしたのを思い出します。明るい晴れた日でした。お会いしたのはまだ少女の頃で、大変に可愛らしかった。ラヴェイラの聖乙女に失礼な言い方でしょうか」

「いいえ、いいえ……」


 母さまがここにいた。

 ……ああ、そうなんだ。


 目を閉じると可愛らしいよく笑う少女が座っているのが思い浮かんだ。

 ここは確かにあの人が好きそうだもの。


「母が好みそうな場所ですから。でも、違うってことはすぐに帰りたがったとか?」

「いえいえ」

 ユニハは笑う。


「泣いて帰るのを嫌がっておいででしたよ。ただ、ラヴェイラのために、王のために帰らねば、と。自分のためとは言われなかった。もう20年も前の事です」

「あの人は……聖乙女だったので……」

「亡くなってもう10年ですか」

「はい」


 ラヴェイラの聖乙女。国を守護し祝福する少女。政治と教会という権力の真ん中にいながら、不可侵の乙女。


 始まりは初代の兄王まで遡る。彼は自分達が持ち込んだものをわかりやすい形で残そうとしなかった。その意味で、ウーヴェルの民を残した弟王とは決定的に違った。兄王は自分達とここに元々住んでいた人々が交わり、自分達の血や力がこの大地に、人に、溶け混んでいくことを願った。


 その願いは叶えられたようにみえた。だが一つ誤算があった。


 彼には付き添ってきた一人の大魔法使いがいた。やってきた時にはまだ少女だったという。あまりに力が強大で生まれた国にさえ居られなかったのでは、と裏話としてだが語り継がれている。

 彼女は王に一生涯仕えつつ、この地の男と恋におち、子をもうけ、年老い死を迎えこの大地に葬られた。強大な力を持っていたと言われる割に平凡な死であった。たぶん、それは彼女にとっては幸せな事だったろうと思う。


 だが、彼女の死後、孫にあたる少女が特別な力を持っていることがわかった。

 彼らの魔力は自分自身から発するというものではなく、自然界の精霊の力を借りるもので、その孫娘は人より精霊と会話をしたらしい。


 ただ、その娘の子がその力を受け継ぐ事はなかった。だが、次の世代に似たような少女がまた生まれた。


 つまり、大魔法使いの力はこの大地に溶け込まなかったのである。それは、いきなり脈絡なく少女達の中に現れた。ただ力といっても千差万別で、先の孫娘みたいなはっきりとした者もいれば、本人の気のせい、ぐらいまでいろいろだったらしい。

 とはいえ、しばらくの時代、彼女達の存在はたいして問題でもなかったのである。



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