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3-1. なんで、こうなるの⁈

 周囲はまだ暗かった。

 月明かりを頼りに一歩一歩探るように細い森の道を歩く。


 前を行く男は暗さも足元の悪さもまるで気にならないようで、軽々と歩いている。そして相変わらず黒尽くめで、ちょっと遅れるとすぐにでも見失いそうでヒヤヒヤする。

 男は何も話さず黙って歩きながらも、時々私の方を振り返る。それでも少しは気を使ってくれているらしい。


 私もなんとか歩いて行く。用意された服は飾り気もなく少年のもののようだったが、上衣の丈もちょうど良く短くて歩きやすかった。靴もサイズがぴったりな上、軽いがしっかりとしており、その準備の良さに逆に少々呆れてしまう。


 ああ、私、言葉は悪いけれど……はめられた感がすごいんですけど。


 ふと気づくと、空が明け始めていた。どれくらいの距離を歩いたのだろう。

 そこからまだしばらく歩き、周りがすっかり明るくなった頃、初めて男が口を開いた。


「休憩だ。水飲め」


 彼が指さした先に小川が流れていた。私は答えもせず川の近くに行く。川面が朝の光にキラキラと美しかった。森の中に光と鳥の鳴き声が満ちているのにふっと気づく。そして、随分と喉が渇いていることにも気づいた。


 あれ? でも飲むための器もない。どうすれば……。


 黒男は無言で横に立つと、跪いて両手で水を汲んで飲んだ。


 そうか、自分の手があったわね。


 私も真似をする。冷たい水は手を冷やしたが、喉元を降りていく清々しさはたまらない美味しさで、何度も口にした。


 男が「ほら、食うか?」と言って、用意してきたらしいマリネした野菜と干し肉のサンドイッチを手渡してくる。

 私は受け取ってその場に座ると口にした。美味しい。思ったよりお腹も空いていたらしい。

 男も座って食べている。それはそうと……。


「ねえ、あなた。ずっと思っているのだけれど、その乱暴な言葉遣いなんとかならないの? 気に入らないのでしょうけれど、私は隣国の王女でこの国の次期王妃なのよ?」


「次期王妃になりたいのならば、余り小さいことは気にしないほうがいい。第一こんなナリの二人が丁寧に喋っているほうがよほど怪しいだろうが」


「それはそうだけれど、そもそも王城にたどり着くまで誰とも接触しない予定なんでしょ?」


 どう話したところで私たちしか聞かないのに。


「誰にも会わずにたどり着けたら勝ちってだけで、どうなるかは運だって言ったよな?」


 言葉にイライラを隠さず男は言う。その辺りが既に不敬だと言うことがわかっていない。まあね、慣れているし本当はどうってことないのだけれど。ただ立場上、言っておかないとと思っただけで。


 それよりこの状況がもう信じられない。なんでこうなるのか……。


 ヴィデル王はこいつとは打って変わって物腰柔らかく、丁寧な言い方をされる方だったが、話してくださった内容は穏やかではなかった。彼がテントの中で私に話したことを思い返す。


 "私は国内で多くの敵を抱えています。幾分かはお聞き及びでしょうが。彼らは私の力が増すであろう、この婚姻に反対しています。それで貴女を亡きものにすることで、力を削ごうと考えたらしいのです。

 ええ、国家間の争いになりかねません。でも彼らは自分達の利益が最優先なのです。そう、お察しの通り、彼らが頼りにしているのは帝国ですからね。貴女の国とわだかまりができたところでむしろ好都合ぐらいに思っているのですよ。私たちは彼らの思い通りになるわけにはいかないのですが、正直言って、こちらの方が分が悪いのです。なんと言っても味方の数が相手より少ないのです。

 で、とにかく喫緊の課題はどうやって貴女を無事に王都に迎えるかという事なのですが……"

 

 私はため息をついた。

 その答えがこれ。誰にも見つからないように森の中の道なき道を行く、って方法。

 陛下は私に扮した者を連れて街道を馬車で行く。でも陛下と一緒ならむしろそっちで良くない? さすがに自国の王をそんなにわかりやすく弑しはしないだろうと思うのだけれど。

 と言ったら、目の前に今いるこの黒男が「どっちもどっちだ、運だね。でも、ま、せっかくだし俺が面倒見てやるよ」と言ったのだ。


「失礼です。大体、せっかくだしってどういう意味ですか」

「だって、あんたあの落ちそうな吊り橋を一人で歩いて渡ってこれたわけだし。だったら地獄行きの馬車に大人しく揺られる道を選ばんでもいいだろ?」


 私は王を見た。内容にも言い方にも腹が立った。

 何? 吊り橋って、私を試すために仕組んだの? ヴィデル王と兄様で?


「カル止めないか。……すみません、彼の暴言は私が謝ります。でも、内容はそれほど間違ってはいないのです。申し訳ない」


 私は思い出して、また、ため息をついた。


 なんて事。なんで花嫁になりにきて……それだって楽しいことでは決してなかったが……その上こんな目にあうのか。兄様は知っていたはず。わかってて私には何も言わず、言わせず、自国を追い出した。……まあ、それはしょうがないことなんだけど……。


「そろそろ行くぞ」


 黒男は立ち上がると歩き出した。私も慌てて立ち上がって後を追う。

 男はチラッと私が付いてきているのを確認する。その後ろ姿を見ながら思う。やっぱりこの男、王に似ている気がする。雰囲気や態度は段違いだけど。この男がこちら側の、身代わり、ということなのだろう。

 背格好が似ていたし、何より顔が……仮面をつけているのが同じだ。


 同じ、顔のわからぬ男。


 考えてみればみるほど、どこまで何を信用すればいいかわからなくなる。が、なぜか不思議と不信感が湧かなかった。ヴィデル王のもつ柔らかな雰囲気と、悔しいが、この男のもつ独特な感じがそう思わせるのだろう。


 そうなのだ、この人、全身真っ黒だし顔隠してるのに、なんでだが陰鬱な感じが無いのよね。開かれている感じがある。なぜかしら、失礼なのに。


「ねえ、あなた」

 私は後ろから話しかけた。


「なんだ」

 振り返りもせず言う。


「後どれくらいかかるのかしら? 夕方までには着くの? それとも夜になってしまいそう?」


 森の中の道なき道を歩いているせいか、距離感が掴めない。それに、私が彼の足を引っ張っているのはわかっている。

 男は足を止めると私を見た。


「何言ってるんだ? 今日中にはつかないぞ?」

「え?」

「今晩は早めに野宿だ。明日は暗い内に出立して、できれば明ける前に城内に入り込む」

「はい?」


 今日中に着かない? え? そんな事考えてなかった。野宿って何よ!


「おめでたいお嬢さんだな。何勘違いしてるんだよ。ま、あんたがここから倍の速さで歩けるっていうのなら今夜中につけるけどな。俺としてはそっちの方がありがたいんだけど」


「お嬢さんって!」


 私は王女よ! お忘れなのかもしれないけど!


「言いたくないけど、私はほとんど城内から出ずに過ごしていたのよ。そんなに健脚なわけないじゃない!」


 正確に言うと、城内の一部から、だ。こんな長距離歩いたことはない。


 ああ、あの時、吊り橋を渡ったとき無理しなければこんなことには……。でもその場合は、多分こいつが迎えにくる予定で橋の袂に立っていたんだろうと今にして思うと、それはそれで悔しかった気がする。

 どうしろって言うのよ。兄様もどこまでわかっていたのか。


「だからゆっくり歩いてやってるだろ? 一晩の野宿くらい我慢しろ」


 もう、ため息しか出ない。


「ほら、行くぞ。しゃべってるとますます遅くなる」


 そう言って男は再び歩き出した。




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