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13. 闘う

***********************************

 

 雨が降り続く。

 カルのマントのフードは頭から外れていて黒い髪がじっとり濡れていた。髪先がマントの中へ冷たい雨水を伝えている。それはリアムも同じであったが、二人とも雨が降っていることなど気にも止めてないようだった。


「リアム、俺にはやっぱりわからない」

「……」

「なんでこんなことになる?」

「本気で言っているならそれが理由だ」

「……」


 言葉は途切れそのまま睨み合う。いや、睨んでるのは片方だけで一方は力が入っていない。ただ、隙もなかった。


「なんていうかさ、今回お前もしつこくない?」


 カルがわざとらしい気安さで言う。


「確かにしつこいかもな。俺も飽きた。そろそろおしまいにしたい」


 そのリアムの言葉にカルは幾分まじめに答えた。


「故郷に戻って穏やかに暮らせ。じゃあな」

「……その故郷とやらを壊そうとしておいて、よく言う!」


 リアムは叫ぶと剣を振るった。唐突ともいえる動きにだがカルは滑らかに対処した。剣先を受け止め逃すと反撃する。相手が防御に出ると注意深く再び間合いをとった。


「壊したことなんてないぞ。むしろ俺たちの里は保護され続けてきている」

「宝を、いや、魂を売った張本人がっ!」

「知るか。 何言ってんだ!」


 剣を交わす。リアムは殺気を隠さず、カルはそれを逃す事に本気を出していた。雨音の中に剣を撃ち合う音が響く。そしてそれにいく頭かの馬の足踏みの音と低いざわめきのような人の声が途切れ途切れに混ざる。


「壊しているんだよ! お前はいつだって。俺たちが守ってきた技を帝国のヤツに流しただろうが」

「それがどうした」

「死ね! 十分な理由だ!」


 実力は五分五分に見えた。あと一歩でお互いに届かない。折れた剣と折れない剣が交差したまま睨み合う。


「聞け、リアム」

「うるさい」

「売ったわけじゃない。可能性のある奴に見せただけだ」

「なんの可能性だ」

「俺たちの技を広げられる可能性だ」

「それを」


 リアムが踏み込む。


「それを売り渡したというんだよ!」


 叫びと共に打ち込まれた剣先がカルの左頬を掠めた。血が滲む。それが、雨に流れて頬を赤く染めた。


「ちっ」


 カルは頬を拭うと苛つきを隠さずリアムに言う。


「後生大事にする時間は終わったんだ。お前だってわかっているはずだ、無くなるばかりだって。もう、俺たちには無理だ。ユニハに掻き集めさせてもアイツにだって限界がある」

「だから売るのか。いい商売だ。泥棒稼業だな」


 リアムの皮肉っぽい言い回しをカルは無視する。


「だから売ってはいない」

無料(タダ)というならもっと馬鹿だ」

「聞けよ。俺たちが無理でも無理じゃない奴がいるかもしれないだろ」

「ウーヴェルが代々受け継いだものを俺たち以上に? 笑わせるな」

「だからこそ、だよ。知らないからこそだ」

「それは既に別物だ」

「だとしても何かしらは残るかもしれない。誰かが有用な使い方を見つけるかもしれない。どちらにしろもう無理なのはわかっているだろう? 伝えられてきた技とはいえ、まともに扱えるのはユニハと数人なんだぞ」


 視線をお互いから逸らす事のない二人の間に、ただ雨だけが分け入っていた。

 リアムがふいに穏やかとさえいえるような静かな声で言った。


「だとしたら俺たちの手の内で消え去せてやればいいんだ。俺たちのものなんだから。ずっと、そうだったんだから」


 カルもまた落ち着いた声で答えた。


「……価値あるものは誰のものでもない。離さないとウーヴェルの民そのものが駄目になる」

「そうなるなら、それも含めて大切に看取ればいい。どうせ無くなるなら。……お前には出来たはずだ」

「…………」


 暫しの沈黙の後、カルは答えた。


「……俺には無理だ、リアム。そこまで強くはない。お前とは違う」


 リアムは眉を寄せて苦々しげに言った。


「ごまかすな、くだらない」


 交わらない会話にカルは小さく息を吐いた。



   ***********************************

 

  


 私は背中に石の冷たさを感じながら離れた場所の二人を見ていた。雨に混じって途切れ途切れに聞こえてくる会話から、二人の関係に思いを馳せる。

 その答えあわせを、全て終わったらカルはしてくれるだろうか。

 答えてくれる人はそこにいるだろうか。答えて欲しいと思う。だが、その場合は……。


 見えないざわめきが増えていた。背中がゾクゾクと冷たいのは石や雨のせいだけではない。ヴィルマが鋭い眼光で周囲を見渡しながら私の前に立っている。いつでもその役目を果たせられるように弓矢が構えられている。


「複雑な気分ね」

「姫さま?」

「勝ってほしいのに、負けると困るのに、それはそれで困るだなんて」

「……」


 ヴィルマは無言でちらっとカル達二人に視線を送った。


 でも、本当はそれだけではないな、と私は自分の心を見つめる。ヴィルマにも言えないけれど、あのリアムと呼ばれている人が死ぬのは嫌だと何処かで思っているのだ。

 何故かはわからない。私に酷い扱いをしなかったからだろうか。多分あの人、元々は礼儀正しい人なのだと思う。いや、違うわ、それだけではなく……そこはかとなく感じてしまった寂しさのせいかもしれない。思い違いかもしれないけど、なんとなく……。


 兄さまが聞いたら怒られるか馬鹿にされるわね。そんなふうに甘いからお前は、と。彼がここに居なくて良かった。……また会えるのかしら、兄に。あの冷ややかに美しい私の兄さまに。


「姫さま」

「え? 何? ヴィルマ」


 一瞬の物思いから戻される。


「この先何があろうとも、先ずはご自分の身を護る事をお考え下さい。私の事を含め気になさらないように」

「そう……ね……」


 それが正しいのかもしれないけれど、心は重い。それに私が自分の身を護るといった所で何ができるのか、とも思う。


「悲観はしておりません。かなり時間稼ぎをしていらっしゃる。上手くいけば間に合います」

「間に合う? 何が?」

「味方が」


 そういえば味方が来るはずだって言ってたな。そのために……。


「時間稼ぎしている? カルが?」

「ええ」


 そうなのか。

 とは言っても私には彼がそのためだけに会話をし続けているようには思えなかった。


 カルとリアムは剣を交えながら何かを言い合い続けている。

 と、イルシーヴァ、の単語が聞こえた。


 イルシーヴァ? ……女性の、名前?


 その見知らぬ誰かの名は無闇に私の胸を騒めかせた。



   ***********************************




「イルシーヴァの時もそうだ。お前はすべき事をせずに、すべきでは無い事をした」

「……そうかもしれない。でも出来る事なんてなかったんだ。」


 カルは静かに言った。その言葉にいきなりリアムがいきり立った。


「あった筈だ! それを! あの人を、聖女の生まれ変わりとまで言われた人を、あんなふうに蔑ろに扱ったんだ、お前は」

「蔑ろにした覚えはない。それにやめておけ、あの人は別に聖女でも何でもない。ただの美しい人だ。それを……」

「ただの、人、だと……?」


 リアムは無謀なくらいの力強さでカルに切りかかった。


「あの人がただの人だと! 彼女が何を思って生きていたか、 どれだけ皆のために尽くしたか知っていて言うか!」

「だからこそだ!!」


 剣が交わる金属音にカルの怒声が交じる。


「勝手な期待でどれだけ苦しんだか知っているなら、死んだ後までそんな事を持ち出すな!」


 二人の剣が交差する。そのまま至近距離で睨み合う。

 リアムが低い唸るような声で言った。


「そうだ、死んだ。もういない。死した後まで奪おうというのか」

「俺がすべき事をしなかったとしたら、生きている内にそうしなかった事だ」

「……死ね! そして果ての海原を彷徨い続けるがいい!」


 リアムが怒りで顔を歪めながら剣を振るう。カルは防戦一方だった。だが、その表情は淡々としたまま崩れてはいなかった。


 リアムの力強い一撃が、既に折れていたカルの剣を再び折った。そして、とどめとばかりに振り下ろした一撃をカルは短くなった剣の根元で受け止めると、一瞬押し返して弾いた。リアムは力の行き場を失いバランスを崩す。その隙にカルが再び距離を取り、睨み合った二人は肩で息をした。


「こんな事は止めようぜ」カルは先程より荒い息の下言った。「誰も望まない」


 その言葉にリアムは笑って答えた。


「望む人間がいるから俺はここにいるんだよ。自分が敵だらけだと知らないわけではなかろう?」

「例えば?」


 リアムはますます笑った。


「知るか。だが、この剣を与えたのは誰だ、この兵を与えたのは?」

「俺の前ではみんないい顔するからな」


 リアムは再び笑うと皮肉を貼り付けた顔を向ける。


「愚かだな。愚かで見窄らしい。最期は見届けてやろう、皆がお前の死を祝うところまで」

「お前の言う通りだとしてもイルシーヴァは祝わないさ。悲しむだけだ」

「その名をお前がそれ以上口にするな!」


 続けて何か言おうとするカルにリアムは素早く刃を向けた。短くなった剣で受けそこなったカルの左頬を剣先が掠め血が流れ、そのまま倒れ込む。その上に乗りかかるように剣を振おうとするリアムに、下からカルが左腕を大きく振るった。泥水が飛ぶ。


「うっ」


 小さくうめいてリアムは数本下がる。腕で目元を押さえる。頬についた泥が雨で流れてた。

 その隙にカルが立ち上がる。羽織っていたマンは泥だらけになり、裾からぼたぼたと濁った雫が垂れていた。そのマントを脱いで投げ捨てると、カルはふっと笑った。


「何がおかしい」


 顔を歪めながらもなんとか目を開けようとしながらリアムが問う。


「結局のところお前私怨じゃないか」

「……なんだと?」


 明るいとさえいえる声で問いに答えるカルにリアムは低い声で返す。カルは笑みを浮かべてリアムを見る。


「なんかさ、国とかウーヴェルのためとか、そんな事のためにお前と命をやり取りするなんて馬鹿馬鹿しいと思っていたんだけどさ」

「……そんな事?」


 リアムの怒気を含んだ声をカルは無視する。


「そんなんで命かけんでもいいだろう、だって。話せばいいしさ」


 カルの声は明るく軽く、優しくさえあった。戦いの場にふさわしくないその明るさを押し流すようかのように雨が降っている。


「……話す?」


 リアムの皮肉っぽい返しの奥に戸惑いが見える。一方、カルは吹っ切れたような明るい顔で彼を見つめた。


「そうだ。……俺さ、楽しい事しか思い出せないし、これからもきっとそうだ。だって楽しかったよな? だけど」


 そこまで言うと、カルは不意に目を細めた。


「私怨なら話は別だ」


 カルの口元に今までとは違う種類の笑みが浮かんび、折れた剣が真っ直ぐリアムに向けられた。

 

「さあ、殺し(やり)合おうぜ」

 

 

  ***********************************




 ヴィルマの弓矢が一人を倒した。名も知らぬその男が私の目の前で倒れていく。ヴィルマは矢の無くなった弓から剣に持ち替える。私はヴィルマの後姿を見つめながら背を岩に預けて立っているしか出来ない。


 離れた所でカルが戦っていた。よく分からないが先程よりも激しく争っているように感じる。

 そしてそれよりもっと遠くからもっと多数の人間が争う音が聞こえてくるようになっていた。多分味方の兵たちが追いついて来て敵兵を捕らえたのだろう。そのせいか私たちを遠巻きに見ている敵たちも増えているようには感じない。とはいえこれは私の分析で、戦っているヴィルマたちがどう考えているのかはもちろんわからない。


 雨が降っている。どんどん強くなるようだ。止めばいいのに。ああ、母様なら止ませる事ができただろうか。

 馬に乗った一騎が近寄って来た。何故かゆっくりしている。と、いきなりスピードをあげて向かって来た。思わず息を止めてしまう。だが、立ちはだかるヴィルマと相交える前に叫び声がした。二つ。

 

「近寄るんじゃねえ!!」

「手を出すな!」


 近づいてきていた男はカルたちの命令に怯んだようだった。その隙をヴィルマが逃すわけはなかった。力強い剣捌きが男を襲い体勢を崩させる。男は馬から転げ落ち、そして私が目を逸らした隙に動かなくなっていた。

 私は空を見上げる。冷たい雨粒が顔にあたる。マントは優秀で、覆われているところは雨に濡れていなかったが、足元や指先は濡れて体が冷えていく。


 そう、視線を私は逸らす。視線を地面に移すと暗い穴となった瞳が見返してくるのがわかっているから。可哀想だからではない。端的に言うと気持ち悪いからだ。

 それはヴィルマの手によるもので、私を守るためになされた事だ。わかっていて直視できない事に後ろめたさがある。


 敵兵はそれ以上は近寄って来なかった。その奇妙な落ち着きの中、ふいに空気を震わせるような緊張感が走った。直ぐそこで鳴っていた剣の音が、止んだ。




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