表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/33

11-1. 向かう

 草花の揺れる緩やかな丘陵が広がっていた。その中を糸の縫い目のように小道が高台に向かっている。その先の丘に、石造りの茶色い城壁と同じ色の城が見えた。右手に森が城壁のすぐ手前まで伸びている。


 いつの間にか雨雲が広がっていて、重いその隙間から傾き出した夕方の陽が見えた。丘の草や花の上に金色の光がいく筋か落ちている。まるで空に導く啓示のように。

 王の居城にも光の筋が落ちていた。その建築物は決して大きくもなければ華美でもなかったが、光落ちる暗いその中で、存在感を持って静かに美しく建っていた。


 私は声もなくその景色を眺めた。ここが、私が生きていく場所。

 カルとヴィルマも馬の足を止め見ていた。と、ヴィルマが低く硬い声でカルを呼んだ。


「あちらを」


 言われる前に彼の視線もそちらを向いていた。城壁の向かって左側、道が下がって落ちているところが何やらぼやけている。なんだろうと思う間もなく、そこから砂埃と馬を駆る集団が見えてきた。ざっと20から30くらいだろうか。


 カルは黙って馬の向きを変えると再び森の中へ戻る。


「どうするの?」

「森を右手に抜けて城に近づく。森の中をあの人数が馬に乗って駆けてくるのは難しいからな」


 確かめるまでもなく、あの集団は敵対する側らしい。


「でも、外から回って来られたら追いつかれない?」

「出迎えの援軍がくるはずだ。予定通りと言われたんだろう?」


 カルがヴィルマに確かめる。


「はい。ただ今朝方、諸侯の一人と思われる男が王に会いに来たらしく、かなりごたついてはいましたが……」

「なるほどね」


 答えるカルの声には皮肉っぽい笑いが混じっていた。大丈夫なのだろうか。


「本気ならより面白くなるだけさ」


 そうカルはつぶやいた。そして馬の手綱を引いて止めるとヴィルマに馬を貸せ、と言った。


「え? どういうこと」


 私が先に聞いてしまった。彼は返答が来る前にもうすでに馬から降りていた。私は代わって手綱を握る。馬が足を動かそうとしたが、彼が触ってやると落ち着いた。


「ヴィルマと交代。二人でこのまま進め。道はこいつが知ってる」


 そう言って愛馬の首を軽く叩く。


「もし迎えがいなかったら暗くなるのを待って東門へ向かえ。そこなら通してくれる筈だ」

「しかし……」


 ヴィルマの反論をカルは遮り半ば無理やり馬から下ろすと、自分が代わって騎乗した。だがヴィルマもすぐには引き下がらなかった。


「私が戻って引きつけます。どうかこのまま姫様と」

「お前はこのお姫さんの護衛だろ? 自分の役目を果たせよ」

「ですが」

「ヴィルマ」


 彼の声は落ち着いていた。


「心配してくれる気持ちは嬉しいが、ここは俺の国だ。命をかける覚悟はとうにできている。ま、死ぬ気はないけどな」


 そう笑みを浮かべて言うと、馬の向きを変えた。


「じゃあな、そのお姫さんよろしく」

「お姫さんって言うのもやめて!」


 私の言葉にカルは笑い声を残して、あっという間に行ってしまった。


「本当にもうっ」


 あの人、最後までちゃんと私のこと呼ばなかったじゃない。


 ……最後まで?


 会ったのはほんの二日前だ。なのになんでだろう。ひどくぽっかりとして心許ない感じがする。まるでずっと前から知っていた人だったように思える。なんでだろう。

 

 ヴィルマは私の後ろに跨ると馬をゆっくりと歩かせ始めた。二人ともしばらく無言のままだったが、さほど進む前にヴィルマが予想外に柔らかな声で話しかけてきた。


「姫様」

「ん? 何?」

「姫様はご自分のことを強運だと思われますか?」

「え?」


 急に何?


「私は姫様が強運だと思っております」

「えっと……」

「貴方様は反論されるかもしれないですが、それでも私はずっと、母君である水の聖乙女の加護が貴方にあったと信じていましたし、今もです」


 何を言い出したのだろう?


「そうだとしたらなんなの?」


 ヴィルマは馬の足を止めると力強く言った。


「私の役目は貴方をお守りすることです。それに背くことは陛下に背くことでもあります」

「兄様に?」

「ええ。ですがそれでも、間違っているかもしれませんが、貴方の強運におすがりしたい。戻ることをお許し頂けないでしょうか」

「それは、あなただけ?」

「はい」

「私一人では待ち伏せられたらどうしようもないのわかってて?」

「先ほども話していらっしゃいましたが、抵抗しないでください。そうすれば殺されません」

「随分と扱い悪いのね、相変わらず私は」


 不満げに言ってみる。


「申し訳ございません」

「一緒に戻るのは? ……無理ね。足手まといだものね」


 私はため息をついた。ヴィルマは無言で肯定した。


「でもなぜ? あなたが兄様の意向に背いてまで……」

「あの方を今の時点で失うわけにはいきません。この国のためだけでなく、我が国のためにも」


 私は笑ってしまった。


「なんだ、結局、兄様のためなんじゃない」

「申し訳ございません」

「いいわ、っていうか、むしろそうして欲しいわ。馬は使って」


 でもヴィルマは辞退した。考えてみれば私が迷子になっちゃうものね。 


「でも大丈夫? 追いつく?」

「ええ。間に合います。多分」


 決まったからには急ぐに限る。馬から降りて膝を折って礼を尽くそうとする彼女を押し留めて、私は言った。


「そんな事いいから早く行って。ただし」

「はい」

「兄様を悲しませるようなことになったら許しません。……また、後で会いましょう」

「かしこまりました。……必ず」


 言うと、ヴィルマは背を向けて走り出した。


「……はっやいなあ、本当に」


 彼女の姿もあっと言う間に森の木々に隠れて見えなくなる。私はため息をついた。


「……行きましょうか」


 馬に向かって呟いて、とぼとぼと歩を進める。馬は勝手に歩いてくれて、私はそれを邪魔しないようにだけ気をつけた。


「賢い子ね。あなたの名前をカルに聞きそびれたわ。失敗しちゃった」


 彼の名前を口にした時、妙に泣きたくなってなんとなく空を見上げる。すっかり暗い雲が覆い光は見えなくなっていた。森の緑の香が強くなっている。近くまで雨がきているのだ。


「急ぎましょう」


 そう口にしながらも、まるで急ぐ気にはなれない。

 知らない場所に一人で放り出された気持ちを、力強い馬の存在が慰めてくれていた。それでもやっぱり……。


「また、一人になっちゃった」


 何げに出た言葉が自分に向かってくる。守られているようで、実は取り残されたのだ、と思った。いや、でもやっぱり守ってもらっている。その価値が私の地位にあるから。……本当は何も出来ないのに。行き先さえ、この馬頼みなのに。

 

 私はいつだって……いつも、こうで……。


 と、急に馬が止まって不満気に頭を振った。


「あ、ごめんね。あなたは良くしてくれてるわよ、えっと」


 私は自分を運んでくれてる馬に慌てて言う。なんだかこの子には通じてる気がするんだもの。


「あなたがいてくれてとても嬉しいわ、ご主人様より素晴らしいわよ」


 カルの愛馬はブルッと体を震わせると、また進み出した。だが、さほど行かないうちにまた止まってしまった。


「どうしたの?」


 馬は不愉快そうに鼻を鳴らした。

 私は周りを見渡した。特に変化はないように感じる。人の気配はない……いや、今、微かに遠くで金属音がしなかった? 戦闘?


 背中がゾクッとして手綱を握る手が汗ばむ。行かないと、早く。


 と、顔にポツンと冷たいものが当たった。雨だ。降り出した。

 そして雨や森の湿った匂いの中に、違う匂いが運ばれてきているのに気がついた。金属のような匂いと、それを上回る生臭い何か。……生き物が死んだ匂い?


 後ろを振り返る。さっき金属音がしたと思った方角。でも、わかってた。そっちじゃない。私は匂いが漂ってくる方に向き直った。

 前方、私が向かう城の方向に。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ