10-1. 出会う
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地面に膝をついていたカルは、剣を跳ね返すと同時に立ち上がった。息を整える間もなく次がくる。
次々に撃ち込まれる剣先をいなしながら、隙を見て前に出る。その一撃は受け止められたが、相手の足元をふらつかせるだけの勢いと効果があった。
距離をあけ、二人とも動きを止めて視線は外さずに息を整える。
「……何故本気でこない」
若い男が抑えた声でカルに問うた。
「いや、つうか、俺は戦う理由ないんだが。とりあえず落ち着こうぜ? 久しぶりなんだし」
が、返事のないまま次の剣先がきた。カルは軽く舌打ちしてその攻撃を受け止める。
「待てって言ってるだろうがっ」
「……貴様になくても俺にはある」
剣を交差させて睨み合いながら、交じり合わない言葉を交わす。
「だったら」
カルは全力で相手の剣を打ち返すと間合いをとる。
「その理由ぐらい話せ、リアム」
リアムと呼ばれた青年は何処かカルに似た面立ちの顎をぐっと引くと、眉を顰めた。紫色の瞳は相手から外さない。
「連れはどうした」
「さあな」
「……まあいい、俺は興味がない。俺は、な」
今度はカルが顔が眉を顰める。
「話し合う時間はあまりなさそうだな」
風が雨の匂いを運びながら、二人の黒色と灰褐色の髪をなびかせて吹き抜けていく。
「女の心配とは珍しいな。何か? 美男子と名高い北の王の妹だけあるってことか?」
リアムが嘲りを含んだ声で言った。が、カルはその事に気づいていないかのように明るく言い返す。
「おう、美人だぞ。ただし本人にまるっきり自覚がないんだがどうしたもんかな、あれ」
「くだらない。だが、あの馬鹿は喜ぶだろうよ。舌舐めずりしそうだな、馬鹿王太子……元、か」
「リアム、くだらない話を続けるだけならつきあわないぞ」
カルが低い声で言った。
リアムは嘲笑った。
「呪い子に囚われたか。せっかく仮面は取れたみたいなのにな。呪われるのが好きか貴様」
カルは踏み込んだ。剣先がリアムを突く。が、受け止められ、そのまま力が拮抗し剣を交差させたまま、カルが言った。
「何故だ。お前があいつらに肩いれすり義理はない筈だ」
「一番の馬鹿は貴様だなっ」
二人が弾かれたように離れ睨み合う。リアムが言葉を続ける。
「貴様は全てを奪っておいて涼しい顔をする。だが、俺が全て取り返してやる」
「訳わからんことを吐かすな!」
二人の剣が勢いよく合わさった。金属音が響く。カルが一歩下がった。小さな金属片が光って宙に飛んだ。カルの剣の先が折れている。リアムがそのまま踏み込む。その剣先がカルの胸の中心を狙っていた。
ガチっという音と共にカルが仰向けに倒れ込んだ。リアムはカルの胸の中心をめがけてそのまま剣を突き立てた。
「……何故だ」
リアムの口から疑問が漏れる。剣先がカルの胸に立てられたまま、一滴の血も流れないままそこにあった。
カルが仰向けのまま笑った。
「……ユニハか」
「いいだろう、そこら辺の剣じゃ貫けない特別仕立ての帷子だ」
「つくづく腹の立つ……」
「こっちのセリフだ」
カルは自分の右手に握られている剣にちらっと視線を送る。
「これ、城の宝物庫から掠めてきたんだぞ。こんなに簡単に折りやがって。なんだよ、その剣」
「ウーヴェルの長に借りた」
「何だ、お前もかっぱらったの?」
「言葉通じないのか。借りたと言ったんだ」
カルが眉をよせ、舌打ちする。
「どいつもこいつも、あちこちにいい顔しやがって。お前もさ、」
リアムが剣を力を込めて再び突き立てようとしたのより、カルがリアムの脇腹に折れた剣先を向けた方が僅かに早かった。リアムが避けようとした隙をついて剣を払うと横に転がって直ぐに立ち上がる。姿勢を整える前にリアムが次打をだすが、それを躱し跳ね返す。
「お前もさ、いいように使われてるなよな」
「どの口が言う。王家に取り込まれやがって。違うか、元からあちら側の人間か」
「あっちとか、こっちとか、いい加減うんざりなんだけどなあ」
その時、再び獣の咆哮が森に響いた。
「……悪いが話はここまでだ。もう行く。通せ」
カルの落ち着いた言葉にリアムは答えず、代わりに嘲笑を浮かべ剣を構え直した。
「リアム、お前勘違いしてるぞ」
カルも構え直す。口元に薄い笑いが浮かぶ。そして言った。
「俺のほうが、強いんだよ」
 




