7-1. そうなの?
私は空を見上げた。青く高く澄んだ秋の空が眩しい。
カルも空を見上げた。
「予定より遅くなったな。ま、いいが」
そして、ちらっと私を見る。
「頑張って歩くってば」
仮面が取れたカルが部屋から出て行った後しばらくして、心を落ち着けた私が始めに通された部屋に行くと、彼はユニハと二人で朝食をとっている所だった。
カルにあまり視線を合わせないようにしながら、私も勧められた朝食をとっていると、先に彼が立ち上がった。
「じゃあな、後の事、よろしくな」
私は慌ててパンを飲み込んで立ち上がろうとした。
「あ、いいぞ。ゆっくり食べろよ」
「え? すぐ行くわけじゃないの?」
「行くけど。お前はここにいればいいから」
「は?」
何よ、どういうこと?
カルが言うには、せっかくここに来たんだし、私はここに留まって後から迎えをよこした方が安全だろう、とユニハと話がまとまったらしい。
「ちょっと待ってよ。迎えっていつくるの? 安全じゃないからこそ、こんな事態になっているんでしょう?」
「落ち着いたらかな」
「だからいつ? 結婚式はすぐなのよ。間に合わなかったらどうするの」
「代役たてるか? どうせ顔なんか花嫁衣装で隠れるんだし。うん、考えてみればそっちの方が安全だしな。髪結探す手間もないし」
カルは笑った。が、
「冗談じゃない!」
私は叫んだ。
「花嫁に代役なんてまっぴら。私の結婚式なのよ! 生涯一度きりの!」
「そんなに楽しみにしてたのか?」
カルが面食らったように言う。この男、本気で女の気持ちがわからないタイプね。
でも、そう、嘘よ。結婚を楽しみにした事なんて人生で一度もない。でも。
「とにかく私はついて行きますし、あなたは送り届ける使命があるはずです!」
私はカルを正面から見据えて言い切った。
なんでそんな我を張ったのか、自分でもよくわからない。確かにこの家は隠れるには最適だし安全だった。わかっている。でも、理屈ではない所で、置いていかれるのはどうしても嫌だった。
別れ際、ユニハが戸口で見送ってくれながら私に言った。
「もう少しゆっくりと、いろいろなお話をしたかったですね」
「すみません、我儘を言って」
「いいえ、楽しみはとっておきましょう。お会いできて嬉しかった。ぜひ、また。お気をつけて」
ユニハは優しく笑う。だが、最後の言葉には力がこもっていた。
その事に内心震えつつ私は礼を言い、ユニハの笑顔に見送られて旅立ったのだ。
そして傍には変わらずカルがいた。変わらず、仮面をつけたままで。
「ねえ、何でまた仮面をつけているの?」
「つけてないと肌が痛え」
「あ、そう……」
私は、うん、我慢する。
「ユニハが言うには長いこと日に当たってなかったせいだって」
「そうなんだ」
そうよ、深刻な問題よね。
「肌に薬も塗ったし、すぐに治るだろうとは言ってたけどな。ったく、元々肌弱いってのに……」
カルがぶつくさと不満を漏らすのをそこまで聞いて、私はたまらず笑いだした。
「……おい」
「ご、ごめんね。大変な話だと思うのよ。笑ってるわけじゃないんだけど……」
いつもの偉そうな彼との差というか……。
「笑ってるじゃねえか!」
「ごめん、そうなんだけど」
カルが明らかに不貞腐れている。私は笑いを止められない。だってなんだか、可愛いんだもん。
「ったく、よく笑う奴だな」
え? 私が? よく笑う? ……私が?
「ま、ユニハが言うには日差しって普段でも浴びすぎはよくないらしいぞ、お姫さん」
言われて、ぱたっと笑いが引っ込む。
「やっぱり失礼ね、お姫さんって何よ! 誰のせいでこんなに陽の下を歩く羽目になっていると思ってるのよ!」
今度はカルが笑う。昨日よりもっと明るい声に聞こえるのは気のせいだろうか。
彼が笑う向こうで、秋の豊かな風が森の緑の葉を揺らして木漏れ日が戯れるようにキラキラしていた。私はふと、仮面を取ればいいのに、と思った。とても綺麗な緑色の瞳をしているのに。
そして、そう思ったことに気がついて、びっくりして思わず首を振った。何を考えているの、私は。
「どうかしたか?」
「ううん、えっと、いつごろ城に着けるのかしらって」
「一応、午後には見えてくると思うけど、城内に入るのは夜を待つことになるかなあ」
「そうなんだ」
考えていたより近くまで来ているらしい。どちらにしろ今日中には城に入れそうだ。そうしたら私は王の妃となる。多分、もうこんなふうに自分の足で外を歩き回ることはないだろう。
この短い旅が終わるのだ……。
「ま、何もなければだけどな」
カルが相変わらず明るく付け加えた言葉で、感傷的な気分から引き戻された。
「何もって、ユニハもだけど、そういう思わせぶりで脅かすのやめにしない?」
「脅かしてはないけどなあ。なんにもないのもなあ」
「そう言う揉め事を求める気質は……」
その時、獣の咆哮が聞こえた。位置としては多分、遠い。だがその何なのかよくわからない、オオカミのようだがずっと低い鳴き声は、長く伸びて森の中に響いた。
「……行こう」
カルは急に言うと足を早める。私も胸に広がった不穏な影を振り払うように歩くことに集中した。




