6-3.
目が覚めた時、まだはっきりしない意識の中を漂いながら、分厚いガラスのはまった窓のぼんやりした光を見ていた。その光がとても美しくて、そしてそう思う気持ちの懐かしさをぼんやりと感じていた。
それから立ち上がって別の開口部の跳ね上がりの板を上げると、眩い光と共に少し冷んやりとした風が部屋の中を吹き抜けた。
隣のベッドを見ると、カルがまだ眠っていた。なぜまたここにいるのかとも今さら思わず、ただ、穏やかそうに眠っているのにほっとする。
カルは仮面をしたままだった。
「ん……」
カルが眩しげに片腕で目元を隠す仕草をした。私はベッドの横に駆け寄った。
「朝……?」
「うん、おはよう。気分はどう?」
カルは上半身を起こすと仮面のままの顔を両手で覆う。
「明るいな……」
「窓閉める?」
「いい。……しまったな、だいぶ寝ちまったみたいだな」
くぐもった声で呟く彼に私はもう一度聞いた。
「気分はどう?」
「ああ、悪くない」
そう言いながらもため息をつき、顔から手を離す。
「それならよかった」
「うん」
会話が続かない。さすがに落ち込んでいるように見える。
「あーあ。酷い目にあった!」
急にカルが腕を上げて背伸びしながら、いつもの明るい声で言った。
「しょ、しょうがないよ。もう気持ち悪くないならよかった」
私はいきなりだったので、少々慌てた声が出た。
「まあなあ、がっかりだけどなあー」
そう言って笑う。
「……なんだか、ごめんなさい。役に立てなくて」
「なんでお前が謝るんだ? 関係ないだろ」
「そうなんだけど」
何となく、素材提供したし、なんとなく……。
つい目を伏せた私の、肩にかかった髪に彼の手が伸びた。
「こっちこそ、悪かったな」
私は触れられて心臓が跳ねあがった。じょ、女性の髪に軽々しく触るものじゃないわよ!
私は誤魔化すように負けじと明るい声を出した。
「だったら、腕の良い侍女か髪結を探してね。約束よ!」
しょうがねえなあ、わかったわかった、とカルは笑う。
その瞳は厚みのある仮面の影によって相変わらずはっきり見えない。私は自分も仮面が外れなくてがっかりしている事に気づく。
カルが小さくだが、ため息をついた。やっぱり落ち込んでいるのだと思う。それはそうよね。こんな物、一生つけていないといけないとしたら私だったら堪らない。
「大丈夫よ」
思わず声に出してしまった。何が大丈夫かわからないのに。カルが私を見る。えっと……。
「ほら、えっと、時間が経てば擦れて薄くなって取れるとかするかもしれないし」
「なんだそりゃ。そんな事あるかよ」
彼の声に笑いが含まれていて、私はほっとする。
「だってほら、この辺、はげてきてるし」
無意識に片手を伸ばして、仮面に触れる。近くで見ると細かな傷があちこちあった。
そういえば。ヴィデル王は王位につく前、仮面の騎士として戦場で常勝だったと聞く。もしかしたら、それは王ではなくカルだったのかも、と、ふと思った。
私は仮面の傷を見ている内に胸がぎゅっと詰まるような感じがした。
私には何の力もないけれど、それでもこの仮面、取ってあげたかった。
…………この人の素顔を見たかった……。
自然に彼の頬に両手が伸びた。硬くて温かみのない仮面の頬。
「え……」
「……え?」
ほぼ同時に声が漏れた。
無意識に自分がした行動にびっくりして、急に恥ずかしくなって慌てて手を離そうとして……
「えっ?」
「⁉︎」
もう一度手に力を入れる。そこに重みが伝わる。
私はゆっくりと彼の顔から手を離していく。重みは無くなることなく、私の手の中にあった。
手の動きに合わせて仮面が外れていき、カルの素顔がその下からゆっくりと現れてくる。
私たち北方に住む者たちが持つ白い肌。ウーヴェルの民に特徴的な面長の輪郭。黒髪の前髪に半分隠れた目は閉じられていたが、髪の間から形のよい太い眉が見える。
私が言葉も出ず目を逸らす事もできずに見つめていると、ゆっくりと瞳が開いた。緑色だった。それは知っていた。が、仮面の影越しに見たよりもっと明るい緑色だった。
切れ長の大きな輝くような明るい緑の瞳。その瞳が今、驚き見開かれて私を見ている。
「……えっっ⁉︎」
いきなりカルは大声を出すと自分の顔を両手で触った。
「取れた? なあ、おい、俺の顔だよな? おかしくないよな?」
「え? ええ?」
整った顔立ちをしていますよ、と口にしそうになる前に、カルが私の両手を取って自分の頬を包み込ませた。仮面がゴトっと音を立てて床に落ちた。
「ひぇあっ⁈」
「変なところないよな? ちゃんと顔だよな?」
言葉がでなくて、とにかく大きく頷く。
「なんでかわかんないけど、やった! うわっ」
「今度は何⁈」
私はカルの手から自分の手を引きはがして言った。
「肌が痛え。なんだこりゃ」
おーい、ユニハ!と大声で叫びながらカルは立ち上がって戸口に向かった。そして出ていこうとして不意に立ち止まって振り返った。
「ありがとな」
満面の眩いばかりの笑顔で言う。彼は私の返答を聞くことなく出て行った。バタンと戸が閉まる。
私は力が抜けてその場に座り込んだ。急に静かになった部屋で私は深く息をしてみる、も、心臓の音は静かにならなかった。
なに? 何なの?
今のきらっきらした人誰よ? ねえっ⁉︎




