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1. プロローグ

 だから、なんでこんなことになるのだろう。

 

 私はしごく素直に疑問に思った。


 ラヴェイラ国王の妹リリアス、それが私。一応、姫と呼ばれる身分だ。このたび隣国の新王の元に輿入れすることになった。


 もちろん政略結婚。

 で、いま、その道中。


 一人で何も持たずに輿入れせよとの両王からの命令で、付き添った者たちとは国境で別れた。


 で、私は……。うわっ、風。


 強い風が下から吹き上げた。眼下には深い青緑色の川が流れている。その上にかかる吊り橋が私ごと揺れる。

 私は立ち止まると、揺れる綱の頼りない手すりにそれでも掴まった。


 だから、なんでなの?


 この橋はいつかの戦いの折に前の橋が落とされ、その代わりとして暫定的にかけられたものらしい。落とす必要があればすぐ落とせるように。

 で、この道が隣国の王城へと続く一番近い道ではあるらしい。そう、別れた付き添いの者から言われた。

 だったら橋をさっさと落としておくか、かけ直しなさいよ、とか、近いよりも整備してある街道のほうが結局早いのでは? とか、思うわけで。


 いや、違う。

 そこじゃない。

 なんで花嫁にこんな吊り橋を一人で渡らせるなんて選択をしたわけなの?

 誰よ?

 うちの意地悪王? それとも花婿? いや、全員?

 世界中が私に意地悪したいわけ?

 確かに正しい姫君といえる育ちじゃないけれど、一応王女なんですけれど、何で?


 また強い風が橋を容赦なく揺らした。

 風まで私に反抗的ってどういうことなの?


 横に張ってある綱に手を添えながらそろそろと歩く。吊り橋は歩調に合わせてゆっくり揺れる。

 遥か下に見える国境の深く広い川は陽にきらめいて美しかったが、それを眺める余裕はなかった。

 特別に高所が怖いとは思わないが、この揺れはつらい。

 ああ、本当になんでこんな事になるのだろう。つい数日前まで城内の自室で静かに毎日を過ごしていたというのに。

 絶対、嫌がらせだ。そうに違いない。隣国の王がどんな人だか知らないけれど、今しがた後ろにした母国の王は間違いなく嫌がらせが大好きな人だ。特に腹違いの妹に対しては。


 風が吹く。


 質素なベージュのドレスの裾が揺れる。姫の着るものとしては質素すぎてほとんど下着のようだ。

 城を出たときにはもう少しマシなものを身につけていたが、河岸についた時に着替えさせられた。

 一人で"何も持たずに"輿入れが、両方の王から言われた条件だったからだ。

 とはいえ、さすがに裸というわけにはいかないのでこんなことになっている。あとは幅広のリボンのついた白っぽい靴と、赤みがかった金色の髪を結い上げている細い白いリボンだけ。宝飾品も身につけていない。


 で、吊り橋の上。

 最高の花嫁だ。


 自嘲したところで状況が変わるわけでもないので、とりあえず、そろそろと歩く。

 あと、半分。


 と、不意に足先が何かに引っかかって前のめりになった。綱を握っていた手に力が入る。危うく転ぶ事は免れたが橋が大きく揺れた。

 息を大きく吐くと、いったん吊り橋の上に膝をついた。

 そしてまた大きく息をついた。


 横目で橋の向こうを見ると、秋の色に色づき始めた山々が傾きはじめた陽をうけて輝いていた。

 輿入れする時間としては遅いと思うが、しかし美しい眺めではあった。


 ああ……。もう、やめたいなあ……。


 でも、半分は来ている。戻ることも今更できない。

 そして、誰も助けになんてこない。


 わかっている。私が死んだところで、事故ならば大した問題ではないのだ。

 ……もしかして、それが狙いだろうか。それにしては隣国まで巻き込むのは大袈裟な気もする。

 私は頭を軽く振った。さすがに考えすぎ。心情はともかく、理屈に合わない。


 さあ、そろそろ歩かないと。


 ゆっくりと立ち上がった。

 と、ビリっという嫌な音がした。足元に目をやると、ドレスの裾が木の板にひっかかったのか破れていた。


 もう、最悪。

 涙が滲んでくる。

 私は下唇を噛んでゆっくり前を見た。滲む視界に人影が見える。


 今向かっているあちら側の吊り橋の終わり、その中心に居座るように男が一人、ずっと立っている。

 男は全身黒い騎士の衣装を身につけており、腰には長剣を下げている。背はまあまあ高い方か。マントのフードを目深くかぶり顔はわからない。かろうじて口元が見えるか見えないかだった。


 その口元が、笑った。

 間違いなく、笑っている、と思った。

 私、笑われてる?


 体から力が抜けるようだった。こんな状況で、こんな格好で、望まぬ結婚を強いられ、そして今、笑われている。

 一時の空白の後、私もおかしくなってきて、口元が歪んだ。

 それはそうだ。どう見たってこんなの滑稽だ。


 どんな経緯で決まった婚姻か知らないが、お互い顔も知らないのだ。相手だって別に私自身を望んでいるわけではない。むしろ、欲しくなんてなかったとしても全くもっておかしくない。

 こんな曰く付きの花嫁。

 その上、この醜態。笑いの一つもこみ上げるというものだ。

 うん、別に、そんなものだろう。


 だとしても。


 私はもう一度黒尽くめの男を見た。今度は睨みつけてやるつもりで。

 男はまだ笑っているように見える。

 別に構わない。貴方が誰だか知らないが、貴方の勝手だ。無礼だの何だの言う気もない。


 だけれど。


 それを仕方のない事だ、とは思わない、事にしたのだ。ここに嫁ぐことになった時に。

 相手がどう思おうと、私は私を笑わない。そう、決めたのだ。


 足元を見る。さっきから歩きにくいのはこの靴のせいだ。革が硬いし、重いし、リボンは邪魔だし。

 私は屈んで紐を解いて靴を脱ぐと橋の外へ投げ捨てた。靴は河に向かって落ちていく。足裏に板の感触が伝わる。

 前を向いて、一歩一歩、足を進める。黒尽くめの男は身じろぎもせずに立っている。 


 強い風が吹いた。

 いつのまにか髪のリボンがほどけかけていた。私はリボンを取る。赤金色の髪が風になびく。


 沈もうとしていく陽が山や川を赤く染めはじめながら輝いている。

 白いリボンから手を離す。それは、きらめきながら風にのって流れていった。





 

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