三
「はーっ、食った、食った」
籠のなかのたまごをすべて食べ終え、腹をさする。
「さて巳の神。これからどうするとしよう」
藁のなかに隠れて暮らしてもいいが、いつかは餌やりにきた娘にみつかってしまうだろう。
巳の神は、にょろりと言った。
「では汝、詠うてみよ」
「唄? 詠ってよいのか」
「ひと筋残されていた行き先で死にかけたのだ、占うほかあるまい」
口の端が切れて痛いが、詠う以外に選択肢はなさそうだ。それにチセにとって、唄を詠うことはやはり嬉しいものだった。さっそく鶏小屋の砂を集め山にすると、息を吹きかけるようにして詠った。
砂を利用した占いの唄だ。
砂山は生を受けたようにひとりでに三つに分かれた。分かれた三つの砂山は波紋を広げながら崩れ、蛇が這ったような模様をつけていく。やがてそのうちのふたつが風に散った。
巳の神ははっきりと言った。
「そのへんの池で水を汲んだら、実家へ帰るんだ」
チセはうへぇ、と声に出した。
さすがに昨日の今日で実家の門をくぐるのはためらわれる。
「殺されに帰るようなものではないか」
「どのみち殺される運命だ。散ったふたつの模様を見てみろ」
「うん?」
ひとつめは下弦の月の下、山峰を描いた曲線のなかで一本の紅い線が倒れている。
ふたつめは直角の箱のなかで、やはり紅色の線が倒れている。
「いつ見てもさっぱりわからない」
「本土へ北に旅へでれば二日目に山賊に襲われて死ぬ。南西へ向かい、とある良家にその身を引き取らせてみれば」
「死ぬのか」
「その家の下女に毒を盛られ、死ぬ」
どうしたって人に殺されるようだ。そこまで恨みを買いやすいとは、やはり疫病神ではないのか。チセの複雑な表情を汲み取った巳の神ははっきりと言った。
「汝の御魂は清いゆえに、怨念を抱かれやすいのだ」
「嫌われやすいってこと?」
「穢れた人間にはな。妬ましく映るものだ」
チセは、早世だった姉の十世を思い浮かべた。彼女もそうだったのかもしれない。
「……あざ、広がったな」
砂の模様をみつめる巳の神の尻尾がじわじわと、血を滲ませていく。
巳の神はうみ疲れた溜め息を吐いた。
「未来を占う唄ひとつでこれだ。あといくつ唄えるものか。次の春まで到底もちそうもない」
「次の、春か」
チセは空にかかる青葉を見やった。
季節は晩春。今の歳が十二とすると、来年の初春には海の芥がやってくる。無数のタガメが集り、島民の四半数を失ったあの惨劇が繰り返されるのだ。だが──。
「タガメを祓う唄に、今の依代は耐えうるのか」
「せいぜい一匹。いやそれすらも叶わないかもしれない」
「そうか……では早急に、新しい依代を探さなくてはならないな」
言った尻から鶏小屋のなかをぐるぐると当てなく探す。
巳の国には今の白蛇以外、依代となる生き物は蟻一匹いないのだが。
「……いや、すまない。それより今日は家へ帰ることに専念しろ」
「なに? 巳の神がそういうならば、わかった」
「水甕いっぱいに水を汲んで向かえ。それから家へはかならず父親と入るんだ」
「父と?」
チセは戸惑った。
実のところ王である父のことは、よく知らない。
父が家に居るときは、チセは決して居間に入ってはならないことになっている。父の居る部屋を横切ろうものなら、母の拳がとんでくる。かまどがチセの部屋で、かまどの下がチセの寝床だ。
「父親は日暮れとともに帰ってくる。そのときを狙え。顔の傷が母親の仕打ちだと明らかとなり、父親は汝を憐れむ。今日は藁布団で眠れるぞ」
なんて優しい父なんだ。
今まで知らずに生きてきたことを申し訳なく思う。
「しかしそんなことを知られたら、父の居ぬ間にますます母に殴られるのでは」
「顔がわからない程度には殴られ続けろ。でないと半年後、父親に犯され自死することになる」
うへぇ、反吐を吐く。
チセのなかで一瞬、輝いた父親像ははかなくも砕け散った。