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「はーっ、食った、食った」


 籠のなかのたまごをすべて食べ終え、腹をさする。


「さて巳の神。これからどうするとしよう」


 藁のなかに隠れて暮らしてもいいが、いつかは餌やりにきた娘にみつかってしまうだろう。

 巳の神は、にょろりと言った。


「では汝、詠うてみよ」

「唄? 詠ってよいのか」

「ひと筋残されていた行き先で死にかけたのだ、占うほかあるまい」


 口の端が切れて痛いが、詠う以外に選択肢はなさそうだ。それにチセにとって、唄を詠うことはやはり嬉しいものだった。さっそく鶏小屋の砂を集め山にすると、息を吹きかけるようにして詠った。

 砂を利用した占いの唄だ。

 砂山は生を受けたようにひとりでに三つに分かれた。分かれた三つの砂山は波紋を広げながら崩れ、蛇が這ったような模様をつけていく。やがてそのうちのふたつが風に散った。

 巳の神ははっきりと言った。


「そのへんの池で水を汲んだら、実家へ帰るんだ」


 チセはうへぇ、と声に出した。

 さすがに昨日の今日で実家の門をくぐるのはためらわれる。


「殺されに帰るようなものではないか」

「どのみち殺される運命だ。散ったふたつの模様を見てみろ」

「うん?」


 ひとつめは下弦の月の下、山峰を描いた曲線のなかで一本の紅い線が倒れている。

 ふたつめは直角の箱のなかで、やはり紅色の線が倒れている。


「いつ見てもさっぱりわからない」

「本土へ北に旅へでれば二日目に山賊に襲われて死ぬ。南西へ向かい、とある良家にその身を引き取らせてみれば」

「死ぬのか」

「その家の下女に毒を盛られ、死ぬ」


 どうしたって人に殺されるようだ。そこまで恨みを買いやすいとは、やはり疫病神ではないのか。チセの複雑な表情を汲み取った巳の神ははっきりと言った。


「汝の御魂は清いゆえに、怨念を抱かれやすいのだ」

「嫌われやすいってこと?」

「穢れた人間にはな。妬ましく映るものだ」


 チセは、早世だった姉の十世を思い浮かべた。彼女もそうだったのかもしれない。


「……あざ、広がったな」


 砂の模様をみつめる巳の神の尻尾がじわじわと、血を滲ませていく。

 巳の神はうみ疲れた溜め息を吐いた。


「未来を占う唄ひとつでこれだ。あといくつ唄えるものか。次の春まで到底もちそうもない」

「次の、春か」


 チセは空にかかる青葉を見やった。

 季節は晩春。今の歳が十二とすると、来年の初春には海の芥がやってくる。無数のタガメが集り、島民の四半数を失ったあの惨劇が繰り返されるのだ。だが──。


「タガメを祓う唄に、今の依代は耐えうるのか」

「せいぜい一匹。いやそれすらも叶わないかもしれない」

「そうか……では早急に、新しい依代を探さなくてはならないな」


 言った尻から鶏小屋のなかをぐるぐると当てなく探す。

 巳の国には今の白蛇以外、依代となる生き物は蟻一匹いないのだが。


「……いや、すまない。それより今日は家へ帰ることに専念しろ」

「なに? 巳の神がそういうならば、わかった」

「水甕いっぱいに水を汲んで向かえ。それから家へはかならず父親と入るんだ」

「父と?」


 チセは戸惑った。

 実のところ王である父のことは、よく知らない。

 父が家に居るときは、チセは決して居間に入ってはならないことになっている。父の居る部屋を横切ろうものなら、母の拳がとんでくる。かまどがチセの部屋で、かまどの下がチセの寝床だ。


「父親は日暮れとともに帰ってくる。そのときを狙え。顔の傷が母親の仕打ちだと明らかとなり、父親は汝を憐れむ。今日は藁布団で眠れるぞ」


 なんて優しい父なんだ。

 今まで知らずに生きてきたことを申し訳なく思う。


「しかしそんなことを知られたら、父の居ぬ間にますます母に殴られるのでは」

「顔がわからない程度には殴られ続けろ。でないと半年後、父親に犯され自死することになる」


 うへぇ、反吐を吐く。

 チセのなかで一瞬、輝いた父親像ははかなくも砕け散った。

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