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死に戻り人魚は唄を詠う  作者: 紫 はなな
死に戻るまえ
3/26

 虹蛇は鳥のように翼をもたない。分厚い雨雲を集め、その上を這って移動する。下界は急な天気雨に悩まされるが、チセの視界は最高だ。足もとは真っ白なもやがかかり怖くはないし、見上げれば目が眩むほどの星が瞬く。人間ではチセだけが知る景色。


 巳の国から肥の国まで船だと二日かかるが、空ならあっという間だ。


 チセは不知火の内海に自身の灯したかがり火をみつけると、散り落ちた花びらのように浜辺へ降り立った。待っていましたと野太い声をあげるは、ときの肥の国の王だ。従者を五人束ねたような屈強な肩を左右に揺らし、虹蛇のもとへと駆け寄った。


「あっはっは! ほぅら、我の言ったとおりだ、すぐにやってきたぞ!」


 腹から声を出して笑い、愉快げに抱きつこうとする王を冷然と扇でとめる。


「ごきげんよう肥の国の王よ。海の芥はどこだ、被害は」

「芥……? はて、沖へ流れぬ芥は内海に封じたはずでは」


 三年前、肥の国では内海の渦潮にまかれ、ひとまとめになった穢れがタガメと化して海辺の集落を襲った。タガメは祓ったが穢れに戻りまた海を漂い続けるだけ。春になればまた渦潮にまかれ、タガメと化すおそれがある。そこでチセは大船に穢れを封じこめ、海底に沈めたのだった。


「あれから一度もタガメは出ておりませんが」

「これを送ってきたのはお主ではないと?」


 王はチセの手のひらから石を拾うと、目を細め紋様を追った。


「……いえ、たしかに送りましたが、紋様が違います。我が送った石はこちらでございます」


 胸もとに目を泳がせながらもチセの手と同じ高さに拳を開く。その浅黒い手のひらのなかには、瓶子へいしの絵が描かれた石がのっていた。

 チセは皿にした目をきらきらと輝かせた。


「酒……!」

「過去いちばんに美味い酒ができましてなぁ? 取りにいらっしゃるのではないかと思いまして」

「過去いちばんだと」


 チセは酒に目がない。

 ごくりと生唾をのみつつも、首を横にふった。


「その、嬉しいのだが……、さすがのわたしも酒のために虹蛇を遣わせることはないぞ」


 巳の神も、芥の駆除ならばと虹蛇を喚んだのだ。行き場のない怒りを抑えきれず、心のなかで刃を研ぐような威嚇音をだした。


「いや我もまさか、虹蛇にのっていらっしゃるとは。鳩を使いに出したのは半月も前のことですし」


 肥の国の王もまたばつが悪そうに天を仰いだ。


「半月前だと……?」

「道にでも迷ったのですかね、いやお恥ずかしい」


 そばで従う王女が呆れ顔で言った。


「タオ様のおはからいでは? お酒好きな豊巫女様のために石を入れ替えて、取りに行かせたのでしょう」

「タオが?」


 チセは作面のなかで狐疑心をふくらませた。

 たかが酒のために、まじめなタオが神を欺くような真似をするだろうか。それも宴の直前に、自分で取りに行かせるとは。


「まさか」


 チセは閃いた。


「それほどまでに、美味い酒なのか」


 心のなかの巳の神は深く溜め息を吐いた。

 チセという女は、才はあるがどうしようもなく頭が足りない。そのうえせっかちで、すぐわかったような顔をする。

 チセは王女の差し出した瓶子を赤子を抱くように大事に受け取った。


「ありがたく頂戴する」

「次にいらっしゃるときは、共に盃を交わしましょう」

「ああ。是非に」


 うわべ面な言葉でさらりと返す。

 本音を言うと美味い酒こそひとりで足をのばしながら、ゆっくりいただきたい。喋ると頭の悪さが露見するからだ。

 そう思うと、決して引き止められることのない今宵を選んだのはやはり、チセをよく知るタオのはからいかと腑に落ちる。

 そそくさと虹蛇の首にまたがったチセは、気分良く肥の国を後にした。


 今まではひとりで呑んでいたが、明日からふたりになるのかな。などと、思い耽ながら。

 心のなかでとぐろを巻く巳の神は面白くない。


(ふん。浮かれおって)

(タオ、喜んでくれるかな)

(酒をやる前に説教だ)


 風で雲を呼び夜空に虹の橋をかけ、空を賑やかに帰路を駆けた。


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