いつもの朝 【月夜譚No.178】
寺の木魚が好きだった。ポコポコと鳴る音が幼心に面白くて、聞いているだけで楽しかった。
家が寺で、身近な物だったからというのもあるのかもしれない。片田舎の檀家は少ないが、訪れてくる人々の優しい心に触れる度、この家に生まれてきて良かったと、彼は思う。
朝の支度を終えて高校の制服に身を包み、参道の石畳を竹箒で掃くのが、彼の日課だ。まだ早い澄んだ朝の空気に箒の音が響く。
そうしていると、やがて規則的な木魚の音も加わる。彼の父親が朝のお勤めを始めたのだ。
いつもの音、いつもの景色、そしていつもの空気。
彼は一度手を止めて、よく晴れた青空を仰いだ。
始まったばかりの一日。きっと代わり映えのない、いつもの一日になるのだろうが、二度はない唯一の一日だ。
そんなことを考えながら、彼は掃除を再開させた。