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ナイゼル・アッシュマンの告解  作者: ASD(芦田直人)
第1章 騎士ナイゼル・アッシュマン
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第1章(その4)

「……別に、大層なものではない」

 静かに言ったその一言がやけに剣呑な響きを帯びていたので、アルサスは身じろいだ。それでも平静を取りつくろって、問いかける。

「お名前くらいは、お伺いしてもよろしいでしょうかね?」

 敢えてそう問うと、騎士はしばし黙り込んだのち、ぽつりと答えた。

「ナイゼル」

 アルサスも家名まで名乗ったわけではなかったから、それだけ名乗り返して貰えただけでもましな方だっただろう。

 それよりも……短く名乗っただけのその名前が、アルサスの脳裏の奥底にある記憶に、ぴたりと一致した。どこかで見覚えがある、とうっすらと思っていただけだったが、いよいよそれが気のせいではない事を知って、自然とその名前がこぼれ出てしまった。

「ナイゼル。……ナイゼル・アッシュマン」

「……」

「そうだ。あなたは、ナイゼル・アッシュマン卿ではありませんか! どこかでお見受けしたことがあると、ずっと思っていたのですよ!」

「人違いだ」

 騎士――ナイゼル・アッシュマンは視線をそらすと、ぼそりとそう言い返しただけだった。だがアルサスは引き下がらない。

「僕の事は覚えておいではありませんか? ……いやいや、恐らくはお忘れの事と思いますが、僕は確かに一度、あなたとお会いしているのです。フーケンハイム家の九男坊のアルサスを、覚えてはいらっしゃいませんか。もう何年も前の事だし、僕はほんの小さな子供だったから、お忘れでも無理はないかも知れませんが」

「……フーケンハイム家のご子息だと?」

「ええ、その通りです」

 アルサスがまくし立てる勢いに飲まれたかのように、ナイゼルはぼそりと答えた。

「騎士になりたいから、剣を教えてくれとせがまれた」

「ああ! それでは覚えてくれていたのですね!」

「いや、正直な話すっかり忘れていた」

 それまでは険しい表情だったナイゼルが、やや呆然とした様子で素直にそう言った。

「あの当時私はまだ十七だった。人にものを教えるなど到底無理だったので、断らせていただいた」

「そう、それで父に頼み込んで、あなたの父君からあなたの師匠筋に当たるという方を紹介していただきました。でも父は僕を騎士になどしたくなかったので、その先生に僕を厳しくしごきあげて、もう嫌だと僕の方から言わせるように仕向けたのだそうです。……あとになって酒宴の席で父がそのように話しているのを、偶然に小耳に挟んだ事があります」

「引き受ける気ならそうしろと、私もそのように父君に言われていた」

 実はそうだったのだ、とナイゼル・アッシュマンは苦笑いをこぼした。

 このような寂しげな森で、思いがけない再会だった。アルサスにしてみれば、夜道でさんざん心細い思いをしたあとだけに、これ以上に心強い事などない、という思いだったが、その一方でナイゼル・アッシュマンはと言えば何故か浮かない顔を見せるのだった。

「……参ったな。寄りによって、このような夜に再会を果たすとは」

「何か、ご都合の悪いことでも?」

「いや――あるいはアルサス殿。貴殿には申し訳ないが、運が悪かったと諦めていただくより他にないのかも知れない」

 彼が一体何を言おうとしているのか、アルサスにはさっぱり見当がつかなかった。

「先をお急ぎですか? もしかして、今晩はここに野宿などせず、夜通し先を急がれると?」

「いいや、そうではない」

「どなたかと待ち合わせですか。僕が同席していると、何かと差し障りがありますでしょうかね?」

「いや……そうだと言えば、そうかも知れぬが」

 そういう相手が来るわけではない、とナイゼルは言う。

「……では、とりあえず僕はここにいてもいいのですね?」

「まあ、そうしていただくより他になかろう」

 静かに、ナイゼルはそう言った。

 何やら、ただならぬ事情がそこにあるのに違いなかったが、それを問うてもいいような雰囲気とは言い難かった。

 そもそも目の前に静かに佇むナイゼル自身、どこか他人を寄せ付けないような雰囲気を身にまとっていた。

 アルサスは思い返す。幼き日に出会ったナイゼルは、確かに口数の少ない、あまり弁が立つとは言えない物静かな若者ではあった。だが記憶の中にあるナイゼルは、果たしてこれほどまでに他人を寄せ付けないような剣呑な人物だっただろうか。こうやって再会を果たすまでの年月に、一体彼の身の上に何があったというのか。

 すぐにアルサスの脳裏に思い至ったのは、かつて彼が聖地奪還の遠征行に自ら志願し、出征したという事実だった。

 伝え聞いた話でしかなかったが、地方領主であった彼の父親は、息子の出征にはそれはそれは強く反対したという。跡目を継ぐべき長子が戦地へ赴くとあれば、人の親としてはそれも当然のことと言えたかも知れなかったが。

 だがそれ以上に――その遠征行は、王国にあまりにも深い傷跡を残した、記録的な負け戦であった。


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