第1章(その3)
旅の騎士は剣を傍らに置くと、そのまま無造作に腰を下ろした。失礼します、と一言告げてアルサスは火を挟んで向かい合わせに座る。
見たところ、まだ若い騎士だった。アルサスよりも年長ではあったが、せいぜいが二十代の後半であろう。気のせいか、どことなく見覚えのある顔立ちだった。
果たしてどこかで会った顔だろうか、と思案を巡らせていると、相手の方からアルサスに問いを投げかけてきた。
「失礼だが、お見受けしたところお若いのにそれなりに位の高いご僧侶であるように思われる。このような田舎の街道筋を、何ゆえ供も連れずにお一人で歩いておられる?」
その問いに、アルサスは先の宿場町で従者に待ち合わせをすっぽかされた事をかいつまんで説明した。それを聞いて、騎士はなるほどと頷いた。それ以上何も言わないのはべつだん非難する意思もなかったからだろうが、沈黙が逆にアルサスの軽率をたしなめているようにどことなく思われた。
「まあ、判断を誤ったのは認めざるを得ないところです。約束の刻限など気にせず、もう一日くらい待てばよかった」
「あるいは、別の従者を改めて雇っても良かったかも知れないな。もしくは旅回りの商人が通りがかるのを待って、同行させてもらうか。貴公が待ち合わせをしていたスレスチナからこちらは、道も峻険であるし宿場も少なく、慣れない者が一人で行くにはいささか不安の多い難所だ。……もしくは、ワルスタットを目指すのであれば王都の方にいったん引き返して、西回りに大きく迂回すべきであった」
だがそれでは期日に間に合わぬ……と反論しようとしたが、待ち合わせに費やした四日間があれば王都まで引き返すのはどうにか出来たから、そこで僧会にかけ合って新たに従者を用立ててもらっても良かったし、指摘を受けたように西回りの街道を行ってもよかった。いずれにせよ、彼に反論の余地はなかった。
「とはいえ、確かに気の毒であるやもしれぬ。異端審問官と一緒の道中など、確かに愉快ならざるものになりそうだからな。私が旅の商人でも、言い訳をみつけて同道を断っていたかも知れないな」
「……分かりますか。僕が、異端審問官であると」
瞬時に看破されてしまって、アルサスは思わず首をすくめた。
位や役職によって僧服には意匠の違いがあるから、見る者が見ればその辺りはすぐに判別出来ることではあった。旅の間くらいは平服とは言わないまでも一般の僧服で構わないようにも思えたが、そのように僧侶が身分を隠したり偽ったりするのは重大な規則違反であるので、やむを得ないのだった。
「その若さで異端審問官とは。なかなか才覚がおありのようだ」
「いえいえ、決してそのような事は。最近は異端審問の件数も飛躍的に増えておりまして、僕みたいな経験の浅い者などいくらでもいますよ。……もっとも、名ばかりの肩書きであるのは否定できませんけどね」
「とすると、さぞや名の知れた良家のご子息ということになるのかな」
騎士はそのように言って、アルサスをちらりと見やった。
たしかに、僧としては若輩者の彼が異端審問官となったのは人手不足ということもあるが、年齢の割に分不相応な肩書きであるのも事実だった。家名の威光があったればこその身分なのだ、という事を揶揄する発言ではあったのだが、不思議と嫌味には聞こえなかった。事実そうであったから反論の余地もなかったし、騎士の態度にも卑屈な批判じみたものは何もなかった。
何より、アルサスの肩書きや身分を知ったところで、べつだん萎縮するような素振りもまったく見せない。つまるところ彼自身も、ひとかたならぬ身の上ということになるのではなかろうか。
「……そういうあなたは、一体何者なのです? お見受けしたところ風来の徒というわけでもなさそうですし、さぞかし名の通った騎士殿なのではありませんか?」
何気ない世間話のつもりだったが、騎士の表情がかすかに険しいものになった。露骨に嫌悪するわけでもなかったが、そういう話題はあまり歓迎しない、という風であった。