9 暴かれていた真実
皇帝が、どこか感心したように言った。
おい、綺麗な事と特別な力を持っている事は、同等じゃねえんだぞ、と思いつつも、おれは皇帝の前に立った。
皇帝は帝国人らしい金髪に碧眼、そして美しい姫君や王子たちがつないだ血を連想させる、きわめて整った顔立ちをしていた。
その顔はどこか冷たい物の、これが為政者だと思うと納得の顔立ちでもあった。
そしてそこそこの贅沢をしているのだろう。やや肉付きのいい骨格をしていた。
きっとあの肉は筋肉なのだろう。
おれは視界の隅に将軍を探したものの、仕事があるのか何なのか、彼を見つける事は出来なかった。
「神国の聖姫よ」
「……」
身代わりになったと言えども、おれは言葉に詰まった。それがいけなかったのだろうか、それともそれだけで見抜かれてしまったのだろうか?
おれの態度を見て、皇帝が鼻を鳴らした。
「やはり身代わりか」
「陛下、どういう事でしょうか?」
そばに控えていた文官が、問いかける。
「何を……」
さっそく気付かれた、皇帝という物は、見る目が確かなのだろうか、それともおれが気付かないうちにへまをしたのか。
おれは背中にじっとりと汗をかきながら、相手の言葉を待った。
「あの無礼な神国の馬鹿王子に送ってみたのだよ。お前の所の、聖なる姫君を捕虜として捕らえたと。その返事が煮るなり焼くなり好きにしろ、というものでな。国の柱である聖姫をそんな扱いにするわけもないから、少々調べさせてもらったわけだ」
おれは身を固くした。そして兄たちの馬鹿さ加減を呪った。
身を挺したって事くらいわかってくれねえかな! 時間稼ぎもできないだろうが!
それとも兄たちは、おれなんか死んでもいい、処分に困った弟だから、そんな事を言ったのか?
しかしここで、おれは、何か言えるわけもない。言葉が見つからない、何と言えば窮地を脱せる? そもそも偽物と気付かれた状態で、何か言っても火に油を注ぐばかりじゃないのか?
死ぬ覚悟はできていたけれども、見抜かれるのが早すぎた。
第一、神国にいる俺の兄たち……王子たちがそんな事を言ったという事は、姉上が彼らのもとに到着したという事を示していそうだが、確証がない。
まだ姉上が、合流できていなかったら。
おれの指先が恐怖で冷たくなる。
「あの国の王子たちのもとに、いたのだよ。本物の聖姫がな。という事はこの女は、聖姫の忠実なる使用人か何かで、姫を守るために身代わりになったと考えるのが一般的だ」
どうしたらいいのだろう。
姉上が合流できていた事を喜びたい。
最悪の事態は避けられた、と思いたい。
偽物だとすぐに気付かれていても、でも少なくとも、おれが元王子だという荒唐無稽な、しかし真実は隠されているらしい。
まあ誰だって、男が女になったなんて思わないものだ。
魔女の薬はそれ位、理を捻じ曲げるものだったのだ。
世界に一つしかない、そんな薬だった。
調合法も、今じゃ誰も知らない薬。
「さて偽物殿、お前は一体何者だ?」
「おれが何者であろうとも」
「ん? おれ?」
皇帝が怪訝そうな顔になった。でもおれは、迷いなくぐいと顔をあげて、まっすぐにその顔を見つめて、言った。
「おれが何者であろうとも、あなたはおれをどうするのか、処分を決めているはずだ」
皇帝の目がやや気持ち開かれた。驚かれたのか、生意気だと思われたのか。
そこは今はわからない。
「たった一つだけ言える事があるのならば」
おれはそう言って、絨毯に膝をついた。
そして人目もはばからずに、大声で言った。
「第一王子が、誠に申し訳ない事をしました。申し訳ありません。ですが、民に罪はないのです。どうか、民には寛大な処置を」
捕虜を助けてくれ、とは言えなかった。だっておれは偽物だと知られてしまっていたから。
偽物が捕虜を助けてくれ、と言って、聞き入れてくれる相手でもないだろう。
おれは膝をつき、頭を深く下げて、絨毯に触れるほど下げて、謝罪した。