34 残酷な事実
そしてついた部屋は、落ち着きながらも華がある、女性らしい女性の好みそうな部屋だった。
色々な所に桃色が散らされていて、彼女の好みがうかがえる。
そして調度品たちは、品のいい、上等の品物なのだろう。
少なくともおれにはそう映った。
その調度品の一つである、椅子に、おれは案内されたのだ。
とりあえずその椅子に、出来る限り音を立てないで座ろうとすると、どうしても大量の布地が余って、あまり深くは腰かけられなかった。
そうだよな、聖姫の正装は、椅子に座るようにはできていないのだ。
跪き祈りを捧げる際に、これ以上ないほどの舞台効果を表す衣装なのだから。
そんな、不格好に座ったおれを見て、王女殿下は兄君たちに同じように椅子をすすめ、それから……深いため息とともにこう言った。
「このような奇跡が起きるとは……」
奇跡が起きては迷惑だ、と言わんばかりの態度だった。
だがそれもわかる気がする。
王女を馬鹿にした王子の国の、豊穣の神をたたえる聖職者……聖姫……が、この国が祭っている神の奇跡を受けたら、迷惑だと思うだろう。
下手におれをぞんざいに扱ってしまって、神の奇跡に熱狂した民衆を、敵に回す事もあり得る状況になってしまったわけだ。
そして民衆の数の力という物は、軍事力を上回る事もあるし、内乱で国がもめている時に、それを狙って侵攻をする国だって、数多く存在しているだろう。
それがわからないほど、おれは馬鹿でも世間知らずでもなかった。
「確かに想定外だが、聖姫という存在が、あらゆる神に愛されるという事が、確かになったという事も確かだな」
皇帝が淡々と言う。おそらくおれの利用方法をまた考えているんだろう。
この神殿での祈りだって、本来は、神国の聖姫が来ているという事で、神国が謝っているというパフォーマンスの部分があったはずなのだから。
いらない火種を作らないために、皇帝はおれをここに連れてきたのに、想定外の事が起きたがゆえに、また問題が出てしまったのだろう。
「聖姫、あなたは豊穣の神以外に、祝福を受ける可能性を考えた事はおありだろうか?」
皇帝が、ここはある意味公式の場だから、おれに対して丁寧な言葉を向けてきた。
おれは少し伏し目がちになりながら、考えつつ首を振った。
「聖姫が祈りを捧げているのは、故郷が祭る豊穣の神ただ一柱のみです、まさかこのように、光の神の神殿で、光の神の祝福のような事があるとは……誰からも聞いた事がありません」
「なるほど。では他の神に祈りをささげた事は?」
「それもありません。聖姫が他の神々に祈りをささげるなど、まるで不貞行為ではありませんか」
「そうですわね、確かに、この国でも光の神の巫女が、他の神に祈れば、それはとてつもない髪への裏切り行為とされますもの。あなたが言う事ももっともですわ」
皇帝の婚約者の方が、おれを慰めるかのように言う。
「という事は、豊穣の神への祈りであっても、光の神が祝福を授けるほど、聖姫は神に愛された存在であるというわけか」
皇帝が憶測を口にする。それを聞き、王女殿下が唇を少し噛みしめた。
それは認めたくない、と言わんばかりのものだったが、それも一瞬だけの事だった。
すぐさま彼女は息を吐きだし、それからおれを見て、こう言ったのだ。
「神は長年お仕えしてきた者たちよりも、他の国の他の神に仕える者に、寵愛を向けたという事でしょうか」
「それは調べてみなければわかるまい。妹よ、お前の言いたい事はもっともだが、清らかな乙女を、神々がとりわけ好むのは誰もが知っている事。そして聖姫は、神国で最も清らかな乙女であったわけだ。光の神の領域であるこの国に招かれた聖姫に、神が気まぐれに手を伸ばす事もありうるだろう」
「そうであればよいのですが」
つまりおれは、神官とか、お仕えしてきた王女殿下とかの面目を丸つぶれにしてしまったというわけか。
神々は気まぐれなものというのは、神国では小さな子供でも知っている事。自分をあがめている者たちよりも、もっと面白く思った相手に、手を伸ばしてしまう事も、多々あるというのも、神国のお伽話ではありがちなものだ。
しかしこの国では、あまりそう言った話が知られていなさそうな様子だ。
だから、こんなに王女殿下が衝撃を受けているのかもしれない。
……だがおれは、もっと、彼女が衝撃を受ける事を、知らせなければならないのである。
気が重すぎるが、先延ばしにしてしまうのも違う。
それゆえおれは、口を開いた。
「皆さま、発言してもよろしいでしょうか」
「構わない」
「ええ、どうぞ」
皇帝と婚約者様が許可を出したため、おれはじっと王女殿下を見つめて、こう言った。
「私は、王女殿下に掛けられた、聖女の呪いを解除してほしいと頼まれておりましたが……こうして王女殿下にお会いできたために、分かってしまった事があります」
「分かってしまった事? 呪いが強力すぎて、聖姫殿でも手が打てないと言った事だろうか?」
皇帝が問いかける。おれは何と言えばいいだろうかと、言葉を探しつつ、真実を言うほかないのだ。
「王女殿下へかけられた、聖女の呪いという物は、存在しておりません」
皆沈黙した。おれが言っている事の意味が、全く分からないのだろう。
彼等は皆、王女殿下には、禿の呪いと豚の鼻になる呪いがかけられている、と長年思ってきているのだから。
おれは、どういう事だ、と言われる前に、言葉を続けた。
「王女殿下のお姿に、問題がある理由は……加護が多すぎるためです」
「ど、どういう事ですか……?」
おれの言葉にぽかんとした王女殿下が、続けられたこの言葉に、声を震わせた。
そうだよな、あんまり、皆考えたりしないものな。
加護はよいものであり、あればあるだけ得だと、誰もが思っているだろうから。
「王女殿下がお生まれになった際に、加護を与えた聖女様たちは、たしか12人だったと聞いております。……その皆様が、大変強い加護を、王女殿下に贈り物として授けたのでしょう。それらが影響し合い、王女殿下の体に、強い負担をかけてしまっているのです」
そして。
「呪いをかけたという仲間外れにされた聖女様は、その負担を軽減するための、減退の呪いに近い祝福を、王女殿下に授けているようなのです」
だから、禿と豚の鼻だけで済んだのだ。王女殿下のほかの部分が、美しく整っているのは、その、減退の呪いが、多すぎる加護の負荷を、軽減させているからなのだ。
それゆえに。
「その、仲間外れにされたという、先代の皇帝にもてあそばれた聖女様の、祝福を解除してしまったら……王女殿下のお姿は、おそらく、今よりも悪化いたします」
おれの見立てではそうなっている。実際にやってみなければわからないが、これだけはっきりと目に見えて感じ取れるのだ、予想は外れないだろう。
「……それでも問題がないのでしたら、祝福を解除いたしますが……どうされますか」
「そ、そんなのでたらめだわ、だって皆、私の見目が悪いのは呪いのせいだと!」
おれの見立てが信じられない、もしくは信じたくないのだろう。王女殿下が強い声で言った。
「聖姫殿、その見立ては確かなのか?」
「そうですとも、他の誰もが、姫様の頭とお鼻は呪いだと」
「……信じていただけないようですね。では、解除いたしますか? その後どのような結果になるか、保証は出来ませんが」
「解除してちょうだい! ずっと、呪いが解ける日を、私は指折り数えて……!!」
「妹よ、早まってはならない!」
皇帝が慌てるが、王女殿下はおれに掴みかからんばかりの、勢いだ。
おれはそのため、静かに彼女の額に手を当てて、減退の祝福だけを、解除した。
「お姫様、あなたが選んだ事ですので、私に責任を求めないでいただければ、と思います」
「あ、あ、あ、……あああああああああ!」
「妹よ!」
「姫様!」
皇帝と婚約者様が駆け寄る。おれはひたすらに悲しかった。信じてもらえなかった事、そしておれの見立てが完全に当たってしまった事が。
大声を上げた王女殿下が、顔を覆う。その顔の、滑らかな肌はあっという間に、彼女の許容を超えた加護の魔力で荒れはじめ、吹き出物が浮かび上がり、輪郭もその卵型の美しさを維持できず、えらのはったものに変わっていく。
彼女のほっそりとした体形も、体の中に溜まっているであろう加護の力の多さに比例して、膨れ上がっていき、ドレスが瞬く間にぱっつんぱっつんに変わっていく。
しかし彼女の髪の毛は生えてきた。そして豚の鼻も、普通のものに変わっていった。
でも、髪の毛が生えて来ても、その髪の毛はばさばさで、艶などないに等しく、鼻は普通になっていても、もっとひどいありさまになっている顔であるがゆえに、喜べるものではなかった。
おれは、いかに減退の祝福が、彼女を守るために掛けられていたのかを、改めて知ったのだ。
そしてすべてが終わり、皇帝が言葉を失い、婚約者様が声を出さないために口を覆い、真っ青になっている中、彼女が膨れ上がった体で、やっとの事起き上がるのを見ていた。
それから、ただ、現実を見せるために、そのあたりに置かれていた手鏡を、彼女に黙って手渡した。
「な、な、な……なんで……なんで!!」
鏡の中に映った自分が、望んでいた物と大きく違っていたからだろう。彼女は引きつった叫び声をあげた。肉が増えてしまったためか、彼女の声は太くくぐもったものに変わっている。
「私はただ、王女殿下のお望み通り、減退の呪いのみを、解除いたしました」
淡々と、出来る限り落ち着いた声をだして、おれは彼女に現実を見せるほかなかった。




