33 神の祝福
神殿の中も、外側と同じだけ豪華絢爛な、金かかってんな、と思われるものだった。
表現力が足りないかもしれないが、本心だから仕方がない。
口に出さないだけまだましだと、思ってほしいくらいだ……何でこんな建物建てられる国の王女様に、侮辱の言葉なんて言ったんだあの馬鹿兄貴は……
というか、いちいち金の装飾が多くて、目がちかちかする。
それに大理石の白さが相まって、なんだか現世ではないかのような内装だ。
それもきっと狙っているのだろう。
銀を使わないのは、銀が酸化して黒ずむからだろう。
銀食器が毒を見つけるのと、同じ原理だった気がする。
そして足元のタイルも、本物の石を使った物で、さらに色とりどりの石を使って見事な模様が描かれている。
そして床も輝かんばかりに磨かれているから、さらに光が反射して……眩しい!
こんな国と何で戦争したんだよ、本当におれの故郷馬鹿だ……
少しだけ自己嫌悪に似たものを抱きつつ、おれは皇帝たちの後を進んでいく。
色々な人達が、おれを見てひそひそ会話しているらしいが、ひそひそもたくさんあったらただのざわめき、何を言ってんだかさっぱりわからない。
まあ……思ったよりも堂々としてるとか、そんな話だろ。だって疚しさなんてないって顔して頑張って歩いてるんだからな!
しかし、磨かれた床がつるつると滑る。それは神国の聖姫の正装のサンダルと、愛称が悪いからだろう。
聖姫のサンダルは、こんな磨かれた石の上を歩くようにはできてないのだ。
しっかり足を踏みしても歩かなければ、直ぐに足を取られそうで、非常に厄介でもある。
おれはジャハド将軍の手を取り、内心はどうであれ、穏やかな顔をして、まっすぐ前を向き、優美に裾を揺らして歩くように、がんばっていたのだが……
「……!」
たった一回、裾が足に絡んだ。そしてそれで足が踏ん張れなくなり、あ、と思ったらおれは盛大に転倒した……はずだった。
衣装の重みで、後ろに倒れ込んだおれを、ジャハド将軍がそっと支えなければ。
「歩きにくいですか?」
彼が落ち着いた声で言う。おれは失態を演じた、と心臓が嫌な意味で早鐘を打っていて、あいまいに頷くくらいしかできない。
「まあ、床は滑ります、お気をつけて」
彼はそう言って、実にさりげなく、おれを立たせてくれる。そう言った紳士的な振る舞いは、婚約者のあの黒髪美女と、培ってきた物だろう。
おれは頷き、一層慎重に足を動かす事に注意した。
そして皇帝たちから少し空間を開けて、おれは神殿の主祭壇の前に到着した。
主祭壇には、この国が信仰しているのだろう、光の神の、幾何学的な像が祭られている。
神国は豊穣の神をまつっていた。でも神話的には一緒なのだ。この大陸の結構な範囲の地域が、同じ神話の神を祭っている事は、おれが受けた教育の中で知った知識だ。
そして、主祭壇の前では、一人のうら若い女性が立っていた。
まず目に入ったのは、彼女の長い金の髪の毛だった。でもそれが、地毛じゃない事は、そのくすんだ色味や、あり得ない艶から明らかだった。人工毛を使っている。
彼女は卵型の輪郭の顔をした、白い肌の、ぱっちりとした青い瞳の、柔らかな桃色の唇の乙女だった。
だが……彼女の顔の中央の、その鼻は、上向きで、顔と比べて大きくて、まさに豚の鼻そのものだった。
それ以外が際立って整っているからこそ、その鼻が残念……という印象を強くする人だった。
それゆえおれも、彼女こそが、神殿に引きこもっている王女殿下だと、分かったのだ。
さらに……とても難しい事も、おれは彼女を見て判断した。
王女様が、皇帝と柔らかな抱擁をして、婚約者様とも抱擁する。
そして皇帝が、おれを手で示す。こちらへ来いという事だろう。
おれは背筋を伸ばして、いっそう近くで彼女を見るためにゆっくりと歩み寄った。
彼女はおれを見て、信じられないと言わんばかりに目を見開いた。
おれの事をどこかで聞いていたのだろうか。それとも聖姫のイメージが違っていたのだろうか。
彼女はとにかく、信じられない、と目を見開いて固まっていた。
そのためおれは、彼女に会釈して、静かに聖姫としての一礼をした。どんな相手に対しても、聖姫は同じ礼を返す。それが、神に愛された聖姫の立場だからだ。
「コンスタンシア。彼女がお前の呪いを解除してくれる聖姫殿だ」
皇帝が嬉しそうに言う。兄弟仲はいいらしい。よい事だ。
ただ、呪いを解除する、と聞いた時、彼女……コンスタンシアの瞳が、陰ったのが分かった。呪いを解きたくないのだろうか。それともたくさんの失敗があったから、期待していないのだろうか。
全部かもしれない。ただ……おれは近くで見て、はっきりとわかった事があって、それがあまりいい事じゃないから、悲しくなった。
何で善良なお姫様が、こんな割を食わなくちゃいけないのだ、と心底思ったのだ。
「噂にたがわぬ美貌の聖姫様が、わたくしの呪いを解けるとは思えませんわ、だって聖姫様は、豊穣の乙女なのでしょう? 呪いを解く事に精通しているとは、誰も言っておりませんでしたわ」
彼女はそういって、おれをじっと見つめて来る。おれは彼女を見返し、と目が合うと、彼女ははっとしたようにこう言った。
「まずは勝利の御祈りですわ、お兄様」
「そうだったな」
そう言って、皇帝が、立ったまま祈りの姿勢に移る。そうか、この国の祈りは立ったまま行うのか。異文化だな。
おれはそう思いながら、どう思われようとも、聖姫としての正しい祈りの所作である、床に膝をつき、頭を垂れて、手を組む姿勢をとった。
おれの姿勢に、見ていた人たちがどよめく。そうだろう。きっとこの神殿は、跪いて祈る所作には向かない建物だ。
足元に敷くための敷物が用意されていない事からも、明らかなのだろう。
でもおれは、祈りの形までは変えられなかった。そしておれは、小さな声で神への祝詞を唱えた。
それが一周した時、辺りはしんと静まり返っていた。
誰もがおれを見て、信じられないという顔をしていたのだ。
そんなに変な祈りだっただろうか。聖姫の祈りとしては一般的な祈りの姿勢なんだが。
やっぱり国が違うとそう思ってしまうのか……と思って顔をあげた時だった。
「……え?」
おれの周囲に光が舞い踊り、頭上から、おれにだけ光が降り注ぐという、あり得ない現象が起きていたのは。
天井の凝ったステンドグラスから、極彩色の神秘的な光が、おれにだけ降り注いでいる。
まるでおれを寿ぐかのように……
おれは困惑したまま周りを見回した。誰もが呆気にとられ、目を見開き、信じられないと言わんばかりの顔だった。
おれだって困ってんだよ、誰か助けてくれ、何がどうしてこうなった?
そう言いたいのを飲み込んで、じっとしていると、一人おれに近寄り、ジャハド将軍だけが、おれに何も言わずに手を差し出した。
だからおれは、その手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
「光の神の祝福なんて……何百人もの巫子が願い追い求めた奇跡が……他国の巫女でもない方に……」
神殿の関係者がわなわなと震えていた。認めたくない、と言わんばかりの声だった。
ただ、神殿の関係者はそうでも、民衆は違っていた。
「本物だ……」
「神国の聖姫様は、本物の聖なる乙女なんだ!」
「ばんざい!」
「聖姫さま、万歳!」
「よく来てくれました!」
「歓迎します!」
一部始終を見ていた民衆は、わっと爆発的な歓声を上げた。




