32 一つの可能性
「お前さん、まるで生意気な坊主みたいな事言うなあ」
おれは、一瞬、それがばれたのかと思ったが、そうでもなかったみたいだ。
「男所帯で生活する女の子は、そういう気質に育つ事もあるからなあ……まあ、そういう考え方なのはありがたいな。でももったいない」
「もったいない?」
「ああ。そんな美少女なのに、頭の中身は雑な坊主で、な。これがしとやかに麗しく振舞う事が出来たら、お前さん、えらい求婚者が殺到するのにな」
「求婚者はいらねえな、今は特にそうだ」
「だよなあ」
おれはちらっとジャハド将軍を見て、窓の外を眺めた。薄いレースの向こうでは、民衆が皇帝に手を振り、歓声を上げ、皇帝とその婚約者が、大人気だと示していた。
「……ちなみに、姫様は人気あるのか」
おれは不意に問いかけた。これだけ人気のある兄を持った妹姫は、人気があったのだろうかと思ったのだ。
兄の人気に隠れなかっただろうか、とも思った。おれのように。
「女性に絶大な人気だったぞ。鼻以外はすばらしい見た目の方だったからな。鬘被って髪の毛は隠したしな。民衆にも優しく笑顔を絶やさず、時に民のために皇帝に意見する事もある、聡明な方でもあったからな」
刺繍とかも上手でなあ、とジャハド将軍が感心したように言う物だから、おれはその姫様が、今どれだけ苦しんでいるのだろう、と思うと胸が痛くなった。
そんな姫様を思った時、おれはふと疑問を一つ抱いたのだ。
「なあ、いくつか聞いてもかまわないか?」
「何を聞きたいんだ、聖姫様は」
「お姫様の事なんだけれどよ、そのお姫様の呪いを、誰か解こうとした人はいなかったのか?」
「そりゃあ何人もの魔術を使う貴族たちが、己の私利私欲のために、解こうとしたに決まっているだろう。でも、誰も解けなかったんだ」
「いい線行っている奴もいなかったのか?」
「いなかった。まあそれだけ、聖女の呪いが強力だったという事かもしれないんだがな」
俺は腕を組んで考えた。
本当に、聖女は、お姫様を呪ったのだろうか……という疑問が、ここで不意にやってきたのだ。
お姫様、どこかのご先祖様に、ちょっと似ちゃったんじゃないだろうか?
それなら、誰も呪いが解けないという事に、納得がいくんだ。
だっておれ程度の解析と解除ができる奴なんて、神国ではたくさんいるって、あの馬鹿兄上たちも言っていたくらいだ。
神国よりはるかに広大な、帝国の領土に、おれを上回る解呪が出来る人が、一人もいないなんて思えないんだが……そこはどうなっているんだろう。
「お姫様のご先祖様の、肖像画とかあるか?」
「そりゃいっぱいあるに決まってんだろうが。何を言いだすんだ?」
「たくさんの人が、姫様の呪いを解こうとして、失敗している理由って何だろうって考えたんだ。……お姫様が、どこかにいた、豚の鼻みたいなご先祖様に似ちゃった可能性って、ないんだろうか、って思ってな」
「それはないな、魔法医術の心得がある医者が、姫様には確かに呪いがかかっている、と断言したからな」
「その線はないのか。だったらお姫様にかかった呪いは、一体どんな系統なんだろうな……」
確かにおれの魔法解析と、魔法解除は、そこそこの腕だと自負できるかもしれない。
それでも、どんな系統なのか、分かっていたら、心構えとかも変わって来るから、ぜひ知りたいな、と思ったんだが。
「聖女の呪いが、複雑すぎて、系統までわかる事が今までなかったんだよ」
ジャハド将軍がそう言った時、馬車は止まり、おれは目的地に着いた事を知った。
「さて、しっかり、聖姫らしくしてもらうからな、聖姫様」
ジャハド将軍が念を押す。おれは頷き、彼が先に馬車を降りて、礼儀正しく俺に手を差し伸べたので、おれはその手を掴んだ。
馬車の中は薄暗かったから、外の光はとても眩しい。
そして、初めて目にする、他国の神殿という物は、飛び切り豪華で、飛び切り派手で、飛び切り大きな代物だった。
「白い……」
「そりゃあ、白い大理石を惜しげもなく使っていますからね」
おれは初めて見る、真っ白な神殿に目を奪われた。こんな建物作れちゃう国と、おれの故郷は一体全体、何で戦争なんかしちゃったんだよ……と真剣に思位の豪華さだった。
まず、収容人数が洒落にならないくらいだろう、と一目見てわかる規模なのだ。
こんな建物建てられちゃうって、帝国って金持ちなんだな……いいや、神殿関係者が金持ちなのか? よく分からん。そんな事を思う位、大きかったのだ。
「それにいたるところに金が使われてる……」
「神殿なんてそんな物だろ?」
「神国の神殿が粗末に見えるくらいですよ……」
おれは小声でジャハド将軍にそう言った。その時だ。
少し遅れて、皇帝とその婚約者の馬車がやってきて、皇帝と婚約者を一目見ようと集まってきていた民衆が、わっと歓声を上げた。
耳が痛くなるほどの歓声だったが、おれは気合で耳をふさがなかった。ここで耳をふさぐのはマナー違反だろうな、と思ったからだ。
そして時間をかけずに、皇帝たちが下りて来る。
そしてその後に、侍女たちを乗せた馬車も来て、速やかに侍女たちが下りて来て、皇帝たちを取り囲む。
一人アンブローゼだけが、おれにしとやかに駆け寄ってきた。そんな仕草も出来たんだな、とおれはちょっと感動した。
「遅れてすみません、思ったよりも時間がかかりまして」
「いい、気にしないで」
おれは落ち着いた声でそう言い、アンブローゼがおれの服などを軽く見回す。
それから、頷いたので、問題はなさそうだとここでわかった。さすがに自分の後ろなんて見られないから、衣装の皺なんてわからないのだ。
「さて、行きますか」
ジャハド将軍がそう言って、おれに手を差し出してくる。
おれは出来る限り女性らしく見えるように、そっとその腕をとって、まっすぐ背筋を伸ばして歩き出した。




