31 華やかな恋人たち
騎士たちに連れられて、おれは久しぶりに外に出た。と言っても城の外で、おれを歓迎しているとは思えない。
だってそうだろう? おれはここの姫様を侮辱した馬鹿……王子の謝罪として、ここに連れてこられた設定なのだから。
おれを見て、怒りを覚える人はいれども、おれを見て、歓迎する市民はいるまい。
そう思っても、それでもまっすぐ前を向いて歩く事、それがおれの役割だ。
きっと姉上が同じ立場だったら、その誰もを虜にする笑顔で、民衆を味方につけたのだろうけれども、おれには笑顔になる度胸がない。
だからせめて、凛と前を向く、聖姫としての誇りに満ちた見た目をしようと、決めたのだ。
実際に、おれは神殿に向かうために、民衆の前で馬車に乗るわけだ。
絶対に下手な真似は出来ないし、みっともない事も出来ない。分かってる。
おれは顔をあげて、付け入るスキがないように、胸を張り、馬車の前に立つ。
馬車に……おれはどうやって乗ればいいのだ?
打ち合わせはされていない。おれは一人で乗るのだろうか、それとも誰か引率が付くのだろうか。
そんな事を考えた時だ。
わっと市民から、爆発的な歓声が上がった。
それはおれの背後を見ての事で、おれはそちらを振り返った。
結果を言おう。
えらいイケメンと、えらい美女が歩いてきていた。びっくりするくらいの見た目の華やかさだ。
衣装とかも、おれは流行とかに明るくないが、きっと相応しい流行の立派なものなのだろう。
仕立てが立派だという事くらいは、さすがのおれでもわかったのだ。
その、どえらいイケメンは皇帝その人で、彼にそっと寄り添う華やかな、薔薇のような美女は……婚約者だろうか。
その親密さから察するに、婚約者たちなんだろう。それも皆に祝福された。
皇帝は歓声を上げる民衆に手を振り、美女もしとやかに手を振る。
すごい、あんな女性らしく美しい動作、おれは真似できない。姉上だったら出来ただろうけれども。
「聖姫殿、紹介しよう、私の婚約者である、ヒルデガルダだ」
「初めまして、聖姫様」
皇帝が、堂々とおれに婚約者を紹介する。この彼女は、おれの正体を知っているのだろうか。
あんまり人に知られたくない事だから、知らない可能性が高いな。
おれはとりあえず、ゆっくりとお辞儀をした。残念ながら、裾が重たすぎて、女性らしい裾をつまんだお辞儀は出来ない。
そして聖姫は、そんなお辞儀を免除されてきたという歴史がある。
裾が重たすぎるからである。
「初めまして、ヒルデガルダ様。聖姫を名乗っております」
「あなたご自身のお名前は?」
「聖姫は、任を降りるまで、名前がないのです。ただ聖姫であるために」
実際にそうだ。姉上の名前が、聖姫の任についている間、表に出る事はない。
任を降りた後に、皆は聖姫の名前を知る事になるのだ。
だからおれも、慣例に則り、そう誤魔化した。
おれが自身の名前を名乗ったら、ちょっと神国の事を学んだ人には偽物だとばれてしまうのだ。
だからおれは、慣例を押し通した。
「これから何度もお顔を合わせる方の名前も知らないなんて……」
ただし、これはヒルデガルダ様を戸惑わせた様子だ。彼女は内心は戸惑っているのだろうが、表面上はしとやかに、皇帝を見る。
皇帝は予測していたのだろう。彼女にこう言った。
「聖姫殿は、神国の最高位の神官でもあらせられたのだ。ヒルダ、そう言う物だと思った方がいいだろう」
「それなら構いませんわ」
最高位の神官として、そして数多の祈る者たちの頂点としての聖姫を知っていたのだろう。
ヒルデガルダ様は、理解した顔をした。
それにしても、薔薇のような華やかな顔立ちのお人だ。
髪の毛は輝く金色、瞳は真っ青、それで肌の色はなめらかに白く、傷一つ見当たらない。
輝く髪の毛は結い上げられて、これまた贅を凝らしたのだろう、こう言った時のための紙飾りを差し込んでいる。それらがきらきら光って、まばゆいばかりだ。
金髪碧眼の美男美女は、まるで飛び切りの人形のような組み合わせだ。
雰囲気が只者ではないけれどもな。
おれは一礼して、先に馬車に乗るのだろう二人に、場所を譲ろうとした。
その時だ。
「あなたは、ジャハド将軍と乗る事になっている。ジャハド将軍はまだ来ていないのか?」
「遅れて申し訳ありません、陛下、ヒルデガルダ嬢、聖姫殿」
そこで現れたのは、ジャハド将軍だ。
彼は一礼し、皇帝に何か耳元でささやいた。
それを聞き、皇帝が頷いた。何かの打ち合わせでもあったような……?
しかしその中身を、彼等は民衆の前では言わなかった。
その代わり、ジャハド将軍が馬車に乗り、おれに手を差し伸べた。
「お乗りください、聖姫殿」
「はい」
乗ればいいのだろう。とりあえず。そう思って、おれは馬車に乗った。
ちらと見ると、皇帝は、おれの乗る馬車よりもはるかに立派なものがやってきて、それに婚約者様と乗っていた。
何から何まで、絵になる二人だな……とおれは心底感心した。
一緒に来ていたアンブローゼはどこに行った、と視線を探ると、彼女は他の侍女さん……たぶんヒルデガルダ様の侍女さんだ……と一緒の馬車に乗っていた。
なるほど、侍女は侍女同士、というわけか。
そして馬車の中に座ると、ジャハド将軍が口を開いた。
「相乗りが俺で悪かったな」
「……あんたでましだと思ってる。少なくとも、諸事情は知ってるだろう、あんたは」
「ちがいねえ」
そう言ったジャハド将軍が、少し間を置いてから、おれに言った。
「向かう神殿では、陛下の妹君が待っていらっしゃる」
「城で暮らしていないのか? 尼僧様になったとは、誰も教えてくれなかったぞ」
「姫様は、お前さんの国の馬鹿王子に侮辱された後、衝撃のあまり神殿に駆け込んで、白に戻ってこないんだ。神殿は昔から、信心深い姫様にとって、安らぎの場所だからな」
「……で、それだけじゃないんだろう。ただ姫様に会うだけじゃないから、あんたがおれと相乗りしているんだろう」
「そうだ。お前さんには、姫様と会ってもらい、呪いを解除できるか調べてもらいたいんだそうだ」
「まあ、だいたいの呪いは見れば、どの程度面倒くさいか、分かるから構わないぜ。元々おれは、姫様の呪いを解くのは大歓迎なんだから」
「お前さんが、そこそこ人がいい性格で助かるぜ」
「だってその彼女は、悪い事一っつもしてないだろうが。おれは悪い事しない女の子には、優しいんだよ」




