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29 運命の日

そしていよいよ、皇帝に連れられて神殿に向かう日になった。おれは身を清めて、丁寧に洗濯された正装に身を包み、皇帝からの迎えを待っていた。

皇帝からの迎えがなければ、おれは部屋から出る事もままならない。そう言う約定だからだ。

椅子に座り、この国の神殿の造りはどうなっているのか、と考えを巡らせ、そして何度目かわからない姉上の事を考えた。

姉上は今、どうしているだろう。おれが偽物の聖姫になったあと、姉上が息災かわからない。

あの優しい姉上だけは、どうしたって助かってほしい。

殆どの人間と接触できない状態のおれは、あの国の現状を今は知る事が出来ないのだ。

姉上。聖なる姫君、国の宝、そして神国の柱。彼女の祈りの力で、国はますます豊かになった。それだけの実力を持つ、祈りの姫君。

彼女が馬鹿兄貴たちに保護されてから、どうなっているのか。

おれより大変な目に合っていない方がいい、と痛切におれは思っている。


「緊張しますね」


「そうだな、この国の民に、おれは初めて見られるわけだし」


「でも、聖姫様はお綺麗だから、皆喜びますよ」


「囚われの姫君が表に出てきたからって、喜んだりしないと思うけどなあ……」


俺が苦笑いを顔に浮かべると、そう言う問題じゃなくて、とアンブローゼが言う。


「これは私が独自に手に入れた情報ですけれど、聞きます?」


「聞く。情報って大事だから」


「じゃあ教えますね。なんでも聖姫様は、神国から謝罪のために差し出された事になってるんです。そしてこの国のために祈る事になっているというのが、国中の認識なんですよ」


「よくそこまで改変したなあ……」


おれは捕虜だったはずなんだが。神国はいつの間に、聖姫を謝罪として差し出した事になったのか。

そして、この国のために祈る事になっていたなんて初耳だ。


「私はそりゃ、聖姫様のご事情を多少は聞きましたけれど……やっぱり、噂って怖いですね、いつの間にか全く違う物になっていて」


「そうだな」


おれはそこで、扉が叩かれたので会話を止めた。


「じゃあ、行こう、アンブローゼさん」


「はい」


彼女が扉を開き、おれはおれを連れて行く神殿の関係者だか、皇帝の関係者だかを見る。

彼等はおれの顔を見て、しばし時が止まった顔をして、じっと見つめて来る。

その居心地の悪さはなかなかだったが、姉上そっくりの顔だから、見とれているんだろうと納得できた。

姉上は国一番の美女だったんだから。


「行きましょう」


おれが促してやっとはっとした顔で、我に返った彼等が、おれに言う。


「着いてきてください」


「ええ」


彼等がおれを取り囲むように立ち、おれはアンブローゼを引き連れて、部屋を後にした。


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