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27 奇妙な幻覚

それにしても、やっぱり自分の見た目を考えると、どうしようもなく違和感に襲われるものだ。

それは長年男だったのに、いきなり女になっちまったせいだろう。

おれが決めてやった事だけれども、やっぱりなあ……胸があるのとか下に大事なものがついていないのとか、結構気になる。

この前湯あみをした時も、知っている自分の体との落差に、実は落ち込んだけれども。

いきなり何でこんな事を言いだしているかって?

そりゃ簡単だ。


「聖姫様、湯あみの支度が整いましたよ」


おれが数日ぶりに湯あみをするからである。

毎日湯あみをしないのかって? あのなあ、お湯を沸かすのだって手間がかかるんだ、毎日お湯に入れる人間なんて、それはそれは特権階級だろうが。

神国で姉上は、清潔を重んじていたから、毎日湯あみをしていたけれども、おれは数日に一回くらいの回数だった。

明後日、帝王とともにこの帝国の神殿に向かうわけだから、体を綺麗にして整えて、ってやろうと思って、俺はアンブローゼに湯あみを頼んだのだ。

アンブローゼは得たりと頷いて、さっそく用意してくれた。

そう、用意してくれた敗因だけれども……


「えっと?」


おれは目の前に広がる浴室に困惑した。


「聖姫様の専用のお風呂ですよ! 蛇口をひねるとお湯が出てくるのは、この国が魔導石を豊富に産出するからなんです! それにしても、聖姫様のお風呂って、華やかですねえ、最初に見た時はびっくりしちゃいましたよ!」


うん、おれも見て度肝を抜いている。

姉上ってこんな贅沢な風呂に入ってたのか? という疑問が頭をよぎったぞ。

姉上、神国でお風呂とかちゃんとは入れているだろうか……

心配しても仕方がないし、姉上は国を豊かにする聖なる姫君なのだから、意地の悪い馬鹿王子たちだって、それをよく理解しているはずだし、まだまだ代替わりの時期は遠いから、大丈夫だと思うけれども。

おれは目の前の、桜色の猫足のバスタブに、シャワー、それから色々花の模様が描かれた壁紙に、と女性らしさ満点の風呂に、目がちかちかしそうだった。おれはさすがに、姉上の風呂は手伝わなかったから、こんな内装だったなんて知らなかったのだ。

おれは引きつった顔にならないように努力しつつ、言った。


「お湯が出るまでの間が、ずいぶん早いんだな」


「帝国は、魔導術の効率の良さを研究している、帝国国立研究所を抱えていますからね! 少ない魔導石で、最大の効果を、を目指して、日々研究に励んでいるんです! だから結構な平民も、お風呂にしょっちゅう入れるんですよ! 安いから!」


「へえ……」


「神国では違うんですか?」


「お風呂はかなりの贅沢品だったな。だから毎日なんてとても入れなかった」


「神国って遅れてるんですねえ、なのにどうして帝国のお姫様にあんな失礼な事言えちゃったんでしょう」


「……アンブローゼは、それを知っているのか?」


「数日前からそう言う噂が流れて来てたんですよ、今じゃ国中の人間が知ってるんじゃありませんか? 非常識にもほどがありますよね、お姫様の顔をみて侮辱するなんて!」


憤りに満ちた声で言う彼女を見て、きっとこの国の人間は皆、こんな反応をするんだろうな、とおれは感じた。

それに……どこの歌でも、お姫様を侮辱した王子様の行く末が、いい方向になる事はない。

だからあの馬鹿王子の性根を叩き直すはずだったのに、あの野郎留学先で問題起こしやがって。

おれはそう思いながら、服を脱ぎ、そっと柔らかな白いお湯の中に、体を入れてみた。

……やっぱり胸が膨らんでいて、下にあるべきものがついてないんだよなあ……

いつ見ても見慣れないこれらを、いつか見慣れる日が来るのだろうか。

そんな事を思いながら入ったけれども、蕩けるような手触りのお湯は、きっと入浴剤の効果なのだろう。とてもいい香りがする。

花に似た甘い香りだ。心が落ち着くかと言えば、落ち着かないがいい香りには違いない。


「甘い香りだな」


「この入浴剤は、帝国のお姫様たちも使っているものなんですよ、うちの商店で購入できる一級品なんです」


忘れそうになってたが、アンブローゼは裕福な商家のお嬢様だったっけな。

詳しいわけだ。


「アンブローゼさんは使った事があるの?」


「はい、最初に開発したりした時は、具合を確かめるために、私たち関係者が使ってみるんです。そこから調整を重ねて、これぞ、という具合になったら売り出すんですよ」


「儲かってそうだな」


「そりゃあうちは、この帝国でも指折りの商人の家ですから!」


うちの事は自慢なのだろう。彼女の嬉しそうな声を聞くのは、嫌な気分にはならなかった。

そのままおれは、慣れないながらも、体を清めて、ふわふわの布で体をぬぐい、寝間着に着替えた。


「布までふわふわなんて」


「この布は、こっちでは庶民もそこそこの物を使うんですよ、地方の名産品なんです。折り方に特徴があるらしいですよ」


「へえ……」


ふわふわの布に感心していると、そこら辺にも詳しかった彼女が、説明してくれる。


「後は寝るだけだな……」


風呂にも入ったし、寝る前にお祈りをしたら、一日が終わるのだろう。

そう思って時計を見たおれは、もう一度、今度は煌々と明るい月を窓から探して、そちらに膝をついた。

そして祈りの言葉を唱えて行くのだが、そこで奇妙な事が起きたのだ。


「……」


言葉を言い終えて顔をあげた時、おれの前に、見知らぬ女性が立っていたのだ。

先ほどまで聞こえてきた虫の声や、遠くの城の中の物音がすべて消えている。

完全な無音の世界。

その中でおれによく似たその女性は、無論姉上にもよく似ていたけれども、姉上よりも年上で、何か訴えている様子だった。

おれに対してだろうか。でも声が聞こえないから、意思疎通ができない。

彼女は悲し気におれを指さし、首を振る。

まるで何かをしちゃだめよ、と言いたげなそぶりで……

何をしてはいけないのか、と問いかけようとした時、急に世界に音が戻った。


「聖姫様、いきなりぼうっとしてどうなさいましたか、立ち眩みですか?」


「……今ここで、何か見なかっただろうか」


「いいえ何も。聖姫様はお疲れなのですよ、早く寝た方がいいですよ」


「ああ……」


立ち上がる際に手を借りながら、おれは、さっきの女性が言いたかった言葉を、ずっと考えていた。


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