26 祈る数は同じ
「ではそろそろ、夕方の礼拝の時間だな」
おれは頷いてから、話を切り替えるようにそう言った。
「夕方の礼拝? 一日に何度も、聖姫は礼拝をするのか?」
「ああ。明け方の礼拝、朝の礼拝、昼の礼拝、夕方の礼拝、夜の礼拝、夜更けの礼拝」
「すごいたくさん、お祈りする回数があるんですね……」
おれが指折り数えて、礼拝を並べて行くと、アンブローゼが信じられない、と言いたそうな顔になった。
「私たちだって、そりゃあ、毎日お祈りはしますよ? でも基本的に、一日に二回くらいです」
「それだけしか祈らないのか?」
「そうですよ、巫女見習いの時だって、朝の礼拝と、宵の礼拝の二つしかなかったです」
アンブローゼは巫女見習いだったのだから、その話に疑いの余地はない。
そうか、聖姫はそんなにも祈る回数が多かったのか。
おれも姉上にあわせて礼拝していたから、それに気付かなかったな……
「そんなに何回もお祈りをするなんて、聖姫って思ったよりも大変なんですね」
「体が慣れればそうでもないぞ、時間が来たら敷物を敷いて、そこに祈りの姿勢になって祈るだけだから」
「どれくらいの時間祈るんですか?」
「心の中で祝詞を唱えて、唱え終わるまでだから、だいたい三十分以上かかる」
「やっぱり聖姫って、厳しい暮らしですね、私たちだって一回に十分とかですよ、それでも長いと思うのに!」
大声で言うアンブローゼ。そして何か考えていたジャハド将軍が、こう言った。
「あんた、口調はあれだが、真面目な聖姫だったんだな……」
「そうか? そんなものだって教えられて来てたから、そうは思わないけれども」
「俺が伝え聞いた聖姫は、一日に三回、食事の前に祈るだけだって話だったぞ」
「……ううん、どうだろう。聖姫の祈りの回数は、代が替わるごとに、神託で決まるから」
「神託で決まる?」
「ああ。前の聖姫が、次の聖姫はどれくらい祈りを捧げればいいんですかって祈るんだ。それで神様から、これ位って指示が出される事になってる」
だから、ジャハド将軍が、一日三回だって聞いていたのは、前の聖姫の回数だろう。
それかもっと前の聖姫の回数だったかもしれないし、どこかでうわさ話になっただけかもしれない。
おれはそれが嘘だ、といえないのは、そう言う理由からだ。
姉上が聖姫として選ばれた時だって、前の聖姫が宮の中で、どれくらい祈っていたかなんて、知らされなかったわけだし。
ジャハド将軍がどうして知ってるんだ、と思う部分はあるものの、どっかで、聖姫の情報が流れた時に、知れた事かもしれないわけだ。
「それに疑いを持った事はないのか?」
「聖姫が神託を、疑ったらそれこそ聖姫として問われちまうよ」
「そうだな……それが嘘で、嫌がらせだったとしても、あんたじゃわからないわけか」
「ほかにも、何か祈りの条件の中に、厳しい事があったりしませんか?」
アンブローゼが問いかけてきたから、おれはちょっと考えて、言った。
「祈りの時間の時には、礼拝堂に行くんだけれども、祈るためにはそこに向かうまで、裸足で歩くとかが、厳しいっちゃ厳しいかもしれない」
「おいおいおい、冬に裸足で歩くなんて、体を壊しちまうだろう」
「でも、神託でそう決まった事を、おれは覆せないだろ」
おれはそう言った後、ある事に気が付いた。
「でも、明後日に、皇帝と祈りに行く時は、裸足の方がいいんだろうか、靴はいてもいいんだろうか……」
「靴をはいてくれ! 聖姫に靴さえ与えないなんて噂が流れてみろ、皇帝の評価がガタ落ちだ」
「あんたたちが困ると、おれの民が困るもんな、そうするわ」
皇帝の評価がガタ落ちしたら、おれが偽物する意味がなくなるもんな。
護るもののためには、ちゃんと靴を履くべきだろう。
そう判断した後、ジャハド将軍に、これからどうするべきなのか、問いかけた。
「さて、おれの力が抑え込まれているってのはわかったけれど、これからどうすればいいんだ? 自分だけじゃ、解放できないってのはわかったんだから」
「これから毎日、あんたの力を押さえ込んでいる上側を、剥すためにここに来る事になりそうだ。あんたの力を抑えている技は、強力だ。一気にやろうなんて考えない方がいいほどだな。だからそう考えると、地道に少しずつ、剥していくのが一番だ」
「じゃあ、毎日ここに来てくださるんですね!」
何故かそれを聞き、アンブローゼがぐっとこぶしを握った。なんだろう、なんでそんなに喜ぶんだろうか。
わからないまま、喜んでいる彼女を見るけれども、彼女の真意なんてわからなかった。
とりあえず、おれは祈るため、ジャハド将軍にはいったん帰ってもらう事になったので、それを見送ってから、祈るための姿勢に入った。
敷物の上にひざまずき、こうべを敷物にあてがいながら、心の中で祝詞を唱えて行く。それから唇だけで祝詞を唱えて、国が豊かになるように、民が幸せであるようにと願いを口にしていく。
それを三回繰り返し、おれは顔をあげて、太陽に向かって三度頭を下げて、そして祈りは終わった。
終わったのだが……アンブローゼが目をきらきらさせていたので、びっくりした。
「なんでそんなに目が輝いてんだ?」
「聖姫様が、すっごく神秘的だったからです! 聖姫様って、本物の祈る方だったんですねえ!」
おれはそれに苦笑いで帰した。おれは偽物、元男。なのにそう言われてしまっては、苦笑いしか返せないのだ。
「まあ、聖姫ってだけでそんな風に思う物だろ」
あいまいな言葉で言っても、彼女のあこがれに似たものは、消えそうになかった。




