25 偽物であっても
「あんたは、自分よりも国民の事を思ってるんだな」
「そりゃそうだろう? それが聖姫だ」
おれは姉上がそうだったから、聖姫とは国民の事を第一に考え、祈り、救う物だと思っている。
だからこの言葉は心からの言葉だったけれども、ジャハド将軍は痛々しい物を見る目で俺を見た。
「あんたは自分の安全とかを考えないんだな」
「自分が安全で、国民に何かあったらそれは聖姫として失格だろう? 聖姫は国のため、民のために祈りを捧げるものだ」
おれは偽物なのに、こんな事を言うのは心苦しい。おれ個人の意見であって、聖姫としての意見は少し違う事も、俺は知っている。
姉上という、神国の守護神に愛された巫女にもしもの事があったとしたら、国は崩壊してもおかしくなかったからだ。
姉上が、国の守護神に愛されている事を知っているのは、城の中枢の中でもほんの一握りだ。
大体の人は、姉上が最も癒しの力に優れている、それも王族のお姫様だから、聖姫に選ばれたと思っている。
でも実際には少し違っていて、姉上は神国の守護神と対話ができるから、一層他の諸侯のお姫様が、聖姫に選ばれなかったのだ。
おれもそれを知っているけれども、知らない人は知らない、それが姉上の秘密である。
「……聖姫っていうのは、考えている以上に、禁欲的な生活をしていらっしゃったんですね……」
信じられない、と言いたげにアンブローゼが言う。彼女が知っている聖姫はおれだけだから、そう思うのだろう。
「建物は立派にしてもらえても、生活自体は質素。巫女見習いよりもずっと……貧乏くさい生活だったんですね……」
「おい、お嬢さん、それは聖姫に対して失礼だぞ」
「前の代の聖姫は、もっといい生活してたぜ」
おれは慌てて説明する。姉上とおれの決定的な違いは、おれの方がはるかに恵まれない生活をしていたという事である。
おれの王族としての予算は、婚約破棄されてから、一層少なくなったのだ。
そのためおれは、使用人を一人しか雇えない生活で、姉上のように数多の使用人にかしずかれている生活は送らなかった。
だから、おれが質素な生活に慣れているだけで、聖姫が皆それに馴れているかと言えば、答えは否である。
聖姫は崇め奉られる存在だから、おれのように結構大変な生活はしていない。
それでもおれだって、一人使用人を雇えたのだから、もっと底辺に比べればましだったに違いないわけだが。
「じゃああなたがそうであるだけですか?」
アンブローゼが問いかけてきたから、おれは苦笑いをした。
「おれ、あまり他の王族に好かれていなかったから」
「ああ、なるほど……そうだったんですね」
信じたのか信じていないのか、あいまいな答えをアンブローゼは言った。
「さて……呼び鈴は直った、他に何か不自由な事はないかい、聖姫に不自由な生活はさせられない、と皇帝陛下がおっしゃっているんでね」
「呼び鈴が直ったなら、用事がある時に呼べるから問題ないぜ」
おれがそう言うと、アンブローゼがまた言った。
「明後日、神殿に行くんですよね? そのための余所行きの格好は、手に入れられないんですか!」
「これだけあるんだから、十分だろ?」
「でもこれは普段使いの衣装ばっかりじゃありませんか!」
「余所行きは、これを着るから大丈夫」
俺は今着ている、聖姫としての正装を見せる。それを上から下まで眺めて、アンブローゼは唇を尖らせた。
「だってこんなに美人なのに……」
「聖姫は美人かどうかで務まるものじゃないから、な?」
俺が笑顔でたしなめると、そこで彼女は引き下がった。
「じゃあ、今の所困った事はないって事でいいかい?」
ジャハド将軍が言う。おれはそれに頷いた。




