24 役立たず扱いの特技
「信じられませんよね! 内側からあかない扉でありながら、呼び鈴まで壊れてるなんて!」
味方が現れたと思ったのか、アンブローゼが大声で言う。
この部屋防音ちゃんとしているんだろうか、外に声が漏れていたりしないだろうか。
変な事を気にしつつ、おれは彼女に言う。
「言いたい事はわかるから、大声で叫ぶな。ちょっとすごい声だ」
「あ、申し訳ありません! でも許せないじゃないですか、この部屋で餓死城って事じゃないですか……」
「そうなる前に、何か知らせる手段はあるだろ」
おれたちのやり取りを聞いて、ジャハド将軍が奇妙な事を聞いた、という顔をする。
「おいおい、そりゃ変な話だろう。ここは新しく何もかもを作り直したはずだ。当然呼び鈴も確認したんじゃないのか?」
ジャハド将軍がそう言いながら、呼び鈴をつまむ。
そして何かに気が付いたらしい。
呼び鈴を上から下までじっくり眺めて、数回振って、音を鳴らして、ため息をついたのだ。
「なるほど、なあ……聖姫嫌ってどうするんだって思うけどなあ、これは嫌がらせだなあ」
「嫌がらせ?」
おれは怪訝な顔になった。神国での嫌がらせは慣れている、だけど……帝国で、おれ、というか聖姫に、恨みを持つ人間はいないはずだ。
それとも、姫君を侮辱した馬鹿兄上の代わりに、うっぷんを晴らしたい誰かか……?
「どうやら、聖姫がここで暮らす事に反対する誰かが、呼び鈴を壊しちまったみたいだな、つながってねえ」
おれにもわかるように、将軍がため息交じりに言う。ほとほと呆れた、そんな声が聞こえてきそうだった。
「さっきは呼べましたよ?」
「でももう壊されてるぜ、全く、王宮には暇人が多い事だな……」
おれはそこで立ち上がった。
そしてジャハド将軍が持っている呼び鈴を掴み、しげしげと眺めた。
ああ、これ位なら。
おれは術式を解析した。呼び鈴にかかっているだろう術式くらいだったら、おれは簡単に解けるし、新しく作り直す事も、もとあった通りに戻す事も出来る。
「解除、解除、……復元、復元」
え、と言ったのはどちらか。おれは気にせず、呼び鈴にかかっている回線を狂わせる術式をほどき、しっかり最後までほどいてから、本来の回線に戻す。
復元のためにおれの手元に火花が散るものだが、それくらいどうって事はない。
最後におれはその回線がもう壊されないように、こう、術式を組み合わせて唱えた。
「保護」
そうすると、呼び鈴にはうっすらと術式が光を放つようになり、沈黙した。
そこまで確認し、もう、生半可な壊し方では呼び鈴を壊せない、と判断したおれは、呼び鈴をもとあった位置に戻す。
この呼び鈴を壊すためには、この部屋に入って物理的に壊すしかない位の術式をかけたのだ。
これ位は朝飯前、軽い手慰み位だ。
最後まで呼び鈴を確認して、おれはそれを見ていた二人が、声もない事に気付いた。
驚く事に、二人は絶句して言葉が出てこないのだ、という事実に気が付いた。
「何不思議そうな顔してるんだよ」
「あんた……術式の解除が可能なのか? 帝国でも、そんなに即興でやれるやつは、一握りだってのに」
仮面越しでも動揺が伝わって来る。それ位、信じられない、と言いたそうな将軍。
その彼に、おれは肩をすくめてこう答えた。
「こっちの方は昔から使えたから、これくらいは簡単だ」
おれがそう言うと、ジャハド将軍は腕を組み、大真面目にこう言った。
「これは、皇帝に報告するしかない事だぞ……」
「そんな大げさな」
たかだか術式を解除する程度で。
神国では、その程度の、子供のお遊び扱いだったぞ。
その割に、ちょくちょく解析しろだのなんだのと、あちこちから恨みを買っている馬鹿兄上たちに呼び出されて、見返りもなしに術を解析していたけど。
『役立たずのお前が少しは役に立つ事だ、存分に働け!』
と言っていたのはどの兄上だったか。それは忘れたが、言われた事は覚えている。
「あのなあ……癒しの力を持つ聖なる乙女は、帝国は広いから、何人もの巫女がその条件を満たす。でも、即興で術式を解除する凄腕は、その乙女よりも希少価値が高いんだぞ」
「故郷では役立たず扱いだったから何とも言えない」
「役立たず!? それだけの力があれば、何不自由ない暮らしができるだけの力だぞ!? あんた大損してばっかりの人生だったんだな……」
そこまで言ってから、ジャハド将軍は何かを考えるように腕を組み、もしかしたら、といった。
「その解除ができるなら、あるいは……」
「何か解除してほしいものがあるのか?」
「あるっちゃあるな、でも皇帝がそれを許すかどうかはわからない」
「一応聞いておく。それはなんだ?」
「王女殿下にかけられた、不細工の呪いだ」
「王女殿下って、うちの王子が暴言を吐いた?」
「ああ」
「彼女は生まれたお祝いで、数多の聖女が祝福した時に一人だけ、先代の皇帝に恨みを持っている聖女が紛れ込んでいて、その聖女に呪われたんだ。呪ったんだからもう、魔女って言われても仕方ないがな」
聖女とは、一般的に癒しの力を持ち、聖なる力を持って魔を祓い、人々を救う女性の事だ。未婚、既婚は関係なく、それを行う女性は聖女を冠する。
聖姫が聖女と違う点は、国のために祈りを捧げ、国の繁栄を祈り、力を使うという点だ。
聖女は国のためには生きない。聖姫は国のために生きる。
違いはそこだけだが、それはとても大きなものだと、誰もが知っている。神国では。
そして国のために生きる聖姫は、その代わり特権がいくつもあるのである。
「その聖女が、どんな呪いをかけたんだ?」
「異性に好かれない容貌になる呪いだ。おかげでうちのお姫さんは、ぶたっぱなに髪の毛の少ない見た目になっちまった」
「女性で髪の毛が薄いってのは致命傷だろ……」
女性は流行の髪型を作って、綺麗に着飾るものだ。
姉上だって、髪の毛を丁寧に結い、髪飾りをさして、儀式に望んだものだ。
髪の毛が少ないっていうのは、女性にとって男性以上に致命的なのに……なんて呪いをかけたんだ、その聖女は。
そしてその聖女にそれだけ恨まれた先代の皇帝は何をしたんだ……?
「おれ、そのお姫様にできるだけ早く会いたい」
「やる気十分だな」
「だってお姫様が何も悪くないじゃないか。聖女も、その皇帝の下半身に直撃する呪いでも、かけりゃよかったんだ。無関係な赤ちゃんだった、お姫様を巻き込むなんて」
「あんたお人よしだな。でもそれが今では一番ありがたいかもしれない。皇帝にあんたの特技を報告させてもらう。お姫さんの解除は、それからだ。いいか、勝手に動くなよ」
「勝手に動いたら、うちの民に何があるかわかったものじゃないだろう」
おれが呆れて言うと、ジャハド将軍は一瞬だけ黙った。




