23 封じられていた力
「火よりも早くうわさが駆け巡ったぞ、聖女が丸焼けになった侍女を癒しの力で救ったってのは」
入ってきて早々の言葉に、おれはあいまいな顔になるほかない。
この男は、皇帝以外に、おれが偽物だと知る二人のうちの一人なのだ。
その男がどうしてここに来たのだ、と考えてもおかしな話じゃないだろう。
「はい、助けていただきました!」
元気よく答えるアンブローゼ。彼女をちらっと見て、彼は頬をかいた。
「聖姫、少しは侍女の教育をした方がいいぞ、主の会話に割って入るのはよろしくないとかな」
「そうかもしれないな。彼女はまだ見習いだ、これから色々覚えておく時期だろう」
「あんたは寛容だな、そして気も長く達観している。あんたが聖姫ってのは納得だ」
言葉の裏を返すようだが、偽物の割に成りすますのがうまいな、と言われている気がした。
「ありがとうな。でもおれは、癒しの力を制御できないんだ」
「できない?」
「どうしてアンブローゼさんを助けられたのか、分からないんだ」
「へえ……あんたちょっとだけでいい、手を貸していただけませんかね?」
なんだろう。おれが素直に利き手を差し出すと、ジャハド将軍はおれの手を両手でつかみ、じっと見つめた。
仮面の奥の瞳が、一瞬だけぎらついた気がしたのもつかの間、ジャハド将軍がなるほどな、と言った。
「あんた……ずいぶん力にがんじがらめの制御がかかってんな」
「制御?」
「簡単に言えば、堅い堅い箱に、がっちり鍵がかかってる状態って事だ。そっちの侍女を助けられたのは、その力が箱の外にあふれていたからみたいだな」
「!」
目を見張るアンブローゼ。おれも意外な事を聞いた。
おれの力に制御がかかっている? 封じられている?
それはどうしてだ……?
「それを解放しなけりゃ、本当の力は発揮できねえみたいだな。箱の外からでもその力がとんでもないのは伝わって来るわけだが……なるほどなあ、皇帝が俺の尻を叩いて、制御の仕方を教えてこい、っていうわけだ」
これだけの力がある人間なんて滅多にいないぞ、というジャハド将軍。
おれはなんとも言えず、相手の顔を見て、それから口を開いた。
「おれにそんな制御を誰がかけるんだ」
誰もおれにそんな物をかけるわけないのに。
もしかしてそれも、魔女の薬だろうか。
おれは魔女の薬で、一体何者に生まれ変わったのだろう……
「こっちの見立てを言ってもいいかい、これをかけたのは……おそらくあんたの母親だな。生まれる前からかけてなきゃ、こんなに体に制御の力が馴染んでいるわけがない」
生まれる前から、母さんがおれの力を封じていた……それはどうして。
「あんたには何か、あんたも知らない訳がありそうだな、こりゃあ」
ジャハド将軍がそう言って、そうだ、と思い出したようにこう言った。
「明後日、皇帝が神殿に勝利の感謝の祈りを捧げに行く。あんたもそれについて行く事になってるから、きちんとした礼装で、祈りの準備をしておくように」
つまりそれが、聖姫を手に入れたという世間的な発表になるのだろう。
いよいよおれが、聖姫に成りすましている事で、後に引けなくなる行事だ。
だが……おれはかろうじてこう言った。
「聖姫は神国のものだ」
「神国の聖姫は今、ここにいるだろうが」
成りすます以上、最後まで演じろ。
そう言われた気がして、おれは唇をかみしめた。
わかってるさ、神国の民の平和と引き換えに、おれは聖姫を演じる事になったのだ。
幕が上がったのだから、最後まで演じ続けろ、それが偽物の役割だ、と言われたに等しかった。
「……なあ、聞いていいか」
「何をだ?」
年上の余裕で、彼がおれを見る。だから俺は問いかけた。
「あんたはどうして、おれの力の制御を見抜けたんだ?」
「……内緒だな。でも言っている事は事実だから、変に疑うんじゃねえぞ」
理由は言えないけれども、おれに事実を語るってわけか。
その意味は一体何なのだろう。
「さて、重たい話はここまでにして、なにか不便な事はないかい」
「別にそこまで不便な事は……」
「聞いてくださいよ! そこの呼び鈴壊れてたんですよ!」
「あ、アンブローゼさん! 叫ぶなよ!」
不便と聞いて、アンブローゼさんが大声で言う。
慌てて止めたんだが、彼女がそこで黙るわけもなかったのだ。




