2 聖姫の姉
「失礼いたします!」
逃げる準備があらかた整い、護衛はほとんどいないが、さあ逃げるぞ、というところに至った時だ。
外から兵士が一人、火でもつけられたかのように走ってきた。
傷だらけで、血まみれで。息も絶え絶えで、大変な場所を走ってきた事が、よく分かる状態だった。
「大丈夫ですか!?」
姉上が涙を拭いて、彼に近付き手をかざす。かざされた手が温かく柔らかな光を放ち、兵士の傷を癒していく。
これこそ、姉上が、聖なる姫君である証拠の一つだ。
姉上は聖なる力を扱えるのだ。そのため姉上は、正妃の子供ではなかったけれども、名誉ある聖なる姫の位についたのだから。
傷を治してもらった兵士は、自分の傷が消えた事に涙をこぼす。
「ありがとうございます、何としてでも聖姫に伝えなければと思って……」
「いいの、何をお伝えしたかったの?」
姉上が、おれには見せない、聖なる姫としての誇り高い姿勢を見せる。
こう言うところが、姉上のすごい所なんだけれどな……おれには泣き虫の、小さい頃のままの姿を見せる姉上である。
「離宮の周囲は帝国の兵士に囲まれ、王城から向かわされた兵士たちが、なんとか姫のもとに来ようとしているのですが、それもかなわず。お急ぎお逃げください、帝国の兵士は姫君を狙っております!」
「逃げた場所で、兄上たちと合流できるのですか? 合流できる場所は?」
姉上が冷静な声で言う。聖姫として、取り乱した姿を、兵士に見せられないだけだ。
冷酷なわけでも何でもない。姉上は優しい、いい姉上なのだ。
ここで父上の名前が出てこないのは、父上がこのたびの戦で戦死してしまったからである。
余り顔も合わせた事のない父上だったが、向こうもおれに愛情なんてなかったであろう。
ましておれは、大失敗しただめ王子だったのだから。
「はい、兄君たちは何とか逃げ延び、シアン河の方でお待ちになられております、……申し訳ございません、なんとか護衛の兵士たちを、ここまで連れてきたかったのですが、それもかなわず」
「いいのです、皆、急いで逃げましょう!」
姉上がそう言う。
おれはそんな姉上に手を振った。
「姉上、今生のお別れです」
「レイヴン、何を言っているの? あなたも逃げなくちゃ」
おれの言葉に、姉上が怪訝な顔をする。
おれは笑顔でこう告げた。
「相手の国は聖なる姫を狙っているんだ、姉上」
「そうよ、だからひどい事をされる前に逃げなくちゃ」
「姉上がこの離宮で見つからなかったらすぐに、追手がかかってしまうだろう?」
おれは笑顔で姉上の手を握った。
「入れ替わろう姉上、大丈夫、おれたちは双子なんだから。きっと誰も気付かないさ」
おれはそういって、ポケットから小さな小瓶を取り出す。
小瓶の中では、怪しい虹色の煙みたいな液体が、ゆれている。
姉上がはっとした顔になって、それから蒼褪めた。
「! レイヴンそれは、魔女の薬でしょう!」